今日話したのはコピー機だけだった
司法書士という名の孤独な職業
地方の小さな司法書士事務所。看板も色褪せている。そこにいるのは、45歳・独身・元野球部の司法書士シンドウ。今日も朝から山積みの書類と格闘していた。依頼人と話す機会は少ない。電話とメールで事足りる世の中だ。
忙しさに紛れて気づかぬ孤独
「司法書士って、人と関わる仕事ですよね?」たまにそう言われる。実際は違う。誰とも会話せずに1日が終わることもある。昨日の会話の相手は、宅配便のお兄さんだった。たぶん3秒で終わった。
声を出すのは電話のときだけ
そして今日。電話は来なかった。朝の挨拶も、返事もない。いや、サトウさんはいたが、彼女は「黙々派」だ。無駄口を叩かない。それが彼女の美学らしい。
それ以外は書類と沈黙の日々
タイピング音、ファイルをめくる音。そして——コピー機の、ウィーン……ガチャコン……という機械音。気づけば俺は、コピー機に向かって「頼むぞ」と話しかけていた。
コピー機との不思議な距離感
話しかける相手が機械になる瞬間
「原本こっち、控えがこれで……頼むぞ」そう言ってセットした書類。音もなく動き出したコピー機。まるで名探偵の助手のように、忠実で、口数が少ない。——まるで『コナン』の阿笠博士のラボにいるような気分だった。
無意識に「今日も頼むぞ」と言っていた
返事はない。だが、決して裏切らない。エラーが出ない限り、コピー機は黙々と仕事をこなす。俺よりも、よっぽど頼りになる存在だった。
コピー音だけが返事だった
「お前さ、もう少しで俺より年上になるぞ」思わずそんなことを口走った時、サトウさんが微かに吹き出したような気がした。でも目はモニターから動かない。気のせいかもしれない。
サトウさんは気づいていたかもしれない
視線の先の哀愁に
俺の孤独。気づいていたのか、いないのか。ただ一言も何も言わない。それが、逆にありがたかった。まるで『サザエさん』の中島くんのような、空気の読める存在。——いや、あれは読まないか。
何も言わずにそっと用紙を補充する姿
いつの間にか、コピー用紙が補充されていた。俺じゃない。気づかぬ間に、サトウさんが補充してくれていた。その優しさが、今日一番の会話だったのかもしれない。
無言の優しさに救われることもある
「ありがとう」とは、言わなかった。代わりに、コピー機を撫でた。「今日もありがとうな」と。それが俺なりの、コミュニケーションだった。
過去の自分と今の自分
元野球部だった頃の声の大きさ
あの頃は声が大きかった。ベンチから飛ぶ「声出していこー!」誰よりも元気だった。だけど今は違う。
今じゃコピー機にすら小声で話す
「これで……4部ずつ、両面……」小声でつぶやく自分に気づく。昔の自分が見たら、なんて言うだろう。
自信と誇りの所在
声は小さくなったが、誇りは消えていない。誰も気づかない場所で、誰かの人生を支える。それが、司法書士という仕事なのだと、自分に言い聞かせる。
誰かと話すということの価値
会話が一日ゼロという現実
カレンダーには予定が詰まっている。でも「会話」の欄だけは真っ白だった。
独身司法書士の声の使い道
「やれやれ、、、」誰にともなく呟いた言葉が、部屋にやさしく反響した。返事は、コピー機のローラー音だけだった。
無音の事務所が語ること
沈黙が続く。でも、それが日常で、それがこの仕事のリズムでもある。——明日もまた、コピー機と話すことになるだろう。