今日も誰とも目を合わせず登記完了
人と目を合わせないという選択
朝、いつものように事務所のドアを開けた。誰もいない空間に「おはようございます」と独り言のように呟く。…聞こえていたのかどうか、奥のデスクで既にパソコンを開いていたサトウさんは、こちらを一瞥もせず「本日の申請一覧、まとめておきました」と淡々と言った。
司法書士という職業の「静かな時間」
司法書士という職業は、話さなくても成立してしまうことがある。申請書が正しければ、それでいい。…いや、正確には「話す必要がないように段取りしておく」のがプロ、というだけかもしれない。だからこそ余計に、孤独が染みる。
声をかけられることなく終わる一日
相談者が来所する時間になっても、私はどこかで「話しかけられたくない」と願っている。椅子に座るなり「司法書士のシンドウさんですか?」と尋ねる目すら見ずに、私は手元の書類に視線を落とす。
対面しているのに孤独という不思議
まるで昔観た名探偵コナンの犯人のように、相手の顔にモザイクをかけながら仕事を進める。「相続登記はこれで完了です」と告げる声にも感情はない。まるで自動音声。人と話しているのに、一人のまま。
事務所には今日もサトウさんだけ
サトウさんは本当に有能だ。こちらが口を開く前に、必要な書類をスキャンし、郵送準備まで終えている。そんな彼女に、私は一言も「ありがとう」を言えないまま今日も時間が過ぎる。
無駄口のない連携プレー
まるでサザエさんのエンディングで波平が落とす靴のように、決まりきったタイミングで事務仕事が完了していく。私は波平にもなれず、ただの背景モブかもしれない。
アイコンタクトも必要ないという悲哀
サトウさんとの仕事には、目すら合わない無言の了解がある。…それが心地よいときもあれば、酷く寂しいときもある。
元野球部のくせにサインプレーは苦手
あの頃はキャッチャーとアイコンタクト一発で意思疎通ができたのに。今はどうだ。左手に印鑑、右手にマウス。まるで盗塁を阻止するどころか、自分が盗まれている気さえする。
人と話さなくても登記は進む
誰かと目を合わせなくても、登記は終わる。ボタンを押せば電子申請も完了。進捗は法務局が教えてくれる。人じゃなくていい。そう思う自分が少しだけ嫌になる。
無言でも回る書類の山
音もなく積まれる申請書の控え。BGM代わりに鳴るプリンターの音。スキャナーが「ピッ」と言ったとき、どこか遠くで花火が上がったような気がした。…そんな気がしただけ。
やり取りの大半が「無表情+ハンコ」
「ここに押印をお願いします」
「はい」
……沈黙。
この世で一番静かな商談がここにある。
やれやれと思いつつも手は動く
「やれやれ、、、」
私は心の中でだけ呟きながら、印刷された完了通知書を封筒にしまう。誰の顔も見ていない。それでも今日の仕事は終わった。
今日もそっと完了ボタンを押す
静かに、慎重に。まるで何かを爆破する怪盗が赤いボタンを押すかのように、私はポチッと電子申請の「完了」を押す。あとは法務局が処理するだけ。人間じゃなくてもいい世界が、そこにはある。
誰にも見られていない安心と虚しさ
誰にも見られず、誰にも干渉されない。それは安心だ。…けれど、それは虚しさと紙一重でもある。
完了通知メールが唯一の会話
「登記が完了しました」という自動返信が届いた。
今日、私が交わした唯一の「ありがとう」だった。
事務所に響くプリンターの音だけが友達
「ガガガッ…ジジジ…」
プリンターの音が鳴る。誰かと話したくて、わざと何かを印刷した気さえする。
でもすぐに「何印刷してるんですか」とサトウさんに聞かれたら困ると思って、そっと削除キーを押した。