朝のルーティンと現実逃避のスタートライン
朝、誰よりも早く事務所に着いて鍵を開ける。それだけでちょっとした勝者気分になれるのが、独り経営の司法書士事務所。コーヒーを淹れ、パソコンを立ち上げると、今日も膨大な登記案件とにらめっこが始まる。でも、頭の片隅ではすでに違う世界が広がっている。もし自分が司法書士じゃなかったら?今頃カフェを経営してるかも?そんな妄想がスルスルと湧き上がってくるのだ。
書類の山を横目に妄想が始まる
書類の束を見るたびに、どうしてこんなに紙に囲まれた人生なんだろうと思ってしまう。朝一の登記申請の準備をしながら、ふと脳裏に浮かぶのは、なぜか自分が人気ラジオDJになっている妄想。マイクの前で軽妙なトークを繰り広げる自分。現実の自分はひたすら印鑑を押して、紙を重ねて、チェックして、ミスを恐れて胃を痛めてる。妄想は逃げ道だけど、時には心の支えでもある。
コーヒー一杯に込めた期待と諦め
コンビニの100円コーヒー。これが朝の楽しみのすべてと言っても過言じゃない。今日こそいい依頼が来るんじゃないか、今日こそ効率的に仕事が進むんじゃないか、そんな希望を込めて一口飲む。けれど、机の上には変わらぬ登記簿と通知書。期待はしばしば裏切られるけど、コーヒーだけは裏切らない。そんな風に思えるだけで、なんとか今日一日を始められる。
午前中の業務と淡々とした孤独
午前中はとにかく淡々と仕事をこなす。電話、書類確認、役所への申請。すべて一人で対応するから、誰とも言葉を交わさない時間が長い。事務員さんは隣の席で静かに入力作業。こちらに話しかけてくれることもない。それが逆にありがたい日もあるけど、人恋しい日には、ちょっとだけ心が沈む。
事務員さんは淡々と仕事 僕は黙々と妄想
うちの事務員さんは真面目で几帳面。無駄話もせず、しっかり仕事をこなしてくれる。でも、その無言の空間に、なんとなく自分の存在が薄れていくような錯覚を覚えることがある。僕が黙々と書類を処理しながらも、心の中では「今日の妄想は何にしよう」と思ってるのとは対照的に、彼女は多分、一切の感情を持ち込まず淡々とやっている。そのギャップに、自分の甘さを痛感したりもする。
電話対応に滲む人との距離感
「はい、司法書士の稲垣でございます」。電話の向こうには、無機質な声。用件だけを伝えてすぐに切れる。世間話もないし、感情のやり取りもない。事務的すぎて、まるでロボットと会話している気分になることもある。そんなとき、つい「俺って必要とされてるのかな?」なんて考えてしまう。必要とされているのは仕事の部分だけで、僕という人間ではないのかもしれない。
昼休みの空白に訪れる解放感
昼休みはようやく一人になれる貴重な時間。といっても、誰かと話していたわけでもないのに、「一人になれる」という感覚が訪れるのは不思議だ。誰にも見られていない場所で、お弁当を広げて食べる。スマホをいじりながら、SNSで知らない誰かの幸せそうな投稿を眺める。自分とは無縁の世界だとわかっていても、目を逸らすことができない。
一人弁当とSNS巡回という現実
コンビニ弁当を食べながら、インスタで「#司法書士ランチ」を検索してみる。ほとんど投稿は無い。みんなそんなに昼ご飯に興味ないのか、それとも僕のように孤独な昼を過ごしてるのか。SNSを眺めていると、派手な世界と自分の地味すぎる現実との差にクラクラする。だけど、「この地味さが俺のリアルなんだ」と思い直して、箸を進めるしかない。
妄想の中では人気者になっている
昼休みによくする妄想の一つが、「司法書士界のインフルエンサー」になること。業界の悩みを赤裸々に語って共感を集める。いつしか講演会に呼ばれ、「稲垣先生のブログに救われました」と言われる。そんなことを考えてニヤけてしまい、コンビニの店員に変な目で見られたこともある。現実では誰にもフォローされない僕でも、妄想の中ではスターになれる。
それでも明日はやってくるから
今日も何も変わらなかった。でも、何事もなく無事に終わった。それだけでもありがたいと、少し強がってみる。妄想が止まらないのは、現実に満たされていない証拠かもしれないけれど、それでも夢を見られる心があるうちは、まだ大丈夫だと思いたい。明日もきっと登記と妄想の二本立て。でもそれが僕の毎日で、それでいいじゃないかとも思える。
妄想も仕事も積み重ねが命
登記だって、一件一件地味に積み重ねて成果になる。妄想も同じで、何年も積み重ねてきたからこそ、今やひとつのエンタメになっている。もはや趣味と呼べるレベルだ。仕事がつらいとき、未来が見えないとき、妄想が僕を救ってくれる。それに救われながら、また次の登記に取りかかるのだ。
小さな喜びを味方につけて今日も生きる
帰り道、いつもよりちょっと美味しいアイスを買う。今日はそれがご褒美。誰かと分かち合うことはないけれど、自分だけが知っている喜びがあるだけで、なんとか踏ん張れる。司法書士という仕事が持つ責任の重さと、僕という人間の脆さの間で揺れながら、それでも生きている。明日もまた、登記と妄想の二本立てで。