時間ないけど頼まれる無料相談が今日もやってくる
第一章 午後一時のチャイムと無表情の来訪者
昼飯をコンビニのおにぎり一個で済ませ、事務所に戻ったのは午後一時。
「午後は登記完了チェックと申請書類の確認、それと……」
独り言をつぶやきながら椅子に腰を下ろした瞬間、ドアのベルがチリンと鳴った。
「すみません、ちょっとだけご相談いいですか?」
振り返ると、見覚えのない中年男性が立っている。スーツにネクタイ、書類を抱えているが、どこか所在なげだ。
「ちょっとだけなら」
反射的に口から出た言葉に、自分で自分の首を絞める予感がした。
第二章 「ちょっとだけ」の正体
男は実家の土地の相続にまつわる話をはじめた。
「父が亡くなってから放置していて……それで固定資産税の通知が…」
聞けば聞くほど、話はややこしく、相続人は全国に散らばっているという。
「それ、結構大事になる可能性がありますよ」
「ええ、でも“無料相談”ってホームページに書いてあったんで」
その一言に、体中の力が抜けた。
やれやれ、、、
またこれだ。
まるでサザエさんのエンディングのように、同じパターンが繰り返される。波平が怒っても、カツオはまたやらかす。そんな世界。
第三章 サトウさんの反撃
背後でガタン、と音がして振り返ると、サトウさんが無言で立ち上がっていた。
ファイルを手に取りながら、スッと一言。
「先生、あと15分で役場からの電話、来ますよ。時間、もうないです」
「それは……マズいですね」
無理やり笑顔を作り、相談者に「一度整理してからまた来てください」と伝えた。
「もう一度って、また無料で……?」
「いえ、そのときは正式な業務として承ります」
キッパリと言ったサトウさんの背後に、どこか怪盗キッドのような冷静さと余裕が見えた。
この事務所で一番の切れ者は、たぶん僕じゃない。
第四章 頼まれ体質の業
相談者が帰ったあと、僕は机に突っ伏した。
「ちょっとだけ」「軽い相談」「すぐ終わる」
それらの言葉が、どれだけの時間と集中力を奪っていったか。
“話しやすい人”というレッテルは、時に自分を消耗させる。
善意と仕事の境目が曖昧になり、何をしているのかわからなくなる。
「先生、断るってこと、覚えたほうがいいですよ」
サトウさんの言葉は、心にグサリと刺さった。
第五章 正義と現実と
それでも、昔の自分の姿が重なることもある。
お金がなくて、不安だけが大きくて、誰かに話を聞いてほしい――
あの頃、司法書士事務所の窓口で、優しく対応してくれたあの人の顔を思い出す。
だからこそ、僕は「完全に断る」こともできない。
だけど、仕事としての線引きは必要だ。
「最初の30分は無料ですが、その先は正式に業務として……」
次からは、そう言おう。
終章 やれやれのあとで
夕方、書類の山に埋もれながら、ふと机の上のカレンダーを見た。
今週も、時間が足りない。
「今日もサザエさんエンドか……」とつぶやいたら、
「先生、それ放送日曜だけですから」と、また鋭くツッコまれた。
やれやれ、、、
この戦いは、明日もきっと続く。