姉妹の依頼
測量図に浮かぶ影
事務所にやってきたのは、隣り合った家に住むという姉妹だった。姉のミカと妹のナナ。二人の間に横たわるのは感情のわだかまり、そして一本の境界線だった。 その境界線が、どうやら一方の敷地を数十センチ越えているかもしれないという話だった。何の変哲もない争いに思えたのだが、そこには妙な緊張感があった。
お姉さんは強気な人でしてね
サトウさんがぽつりとつぶやいた。姉のミカは終始こちらを睨むようにして話す。対してナナは口数が少なく、目を伏せたままだ。 「測量図、前に見たことあります」とナナが差し出したのは、何十年も前のコピーだった。やれやれ、、、コピーのコピーで図面が歪んでいる。これでは何の判断もできない。
争いの中心にある一枚の紙
昭和の分筆図の怪
古い図面を頼りに、法務局で閉鎖登記簿を追ってみると、昭和58年の分筆があった。その際に、境界の一部が曖昧なまま処理されていた痕跡が残っていた。 分筆図には、どちらの家の敷地とも言えない曖昧な空白が残されていた。これは、おそらく測量の段階でトラブルがあったのだろう。
土地家屋調査士の証言
連絡を取った当時の調査士は、「いやあ、あの案件は揉めましたよ」と苦笑した。 姉妹の父が生前、隣人と揉め事を起こしたという記録が残っていた。そう、今回の争いは一代限りのものではなかった。まるで引き継がれた呪いのようだった。
旧土地台帳の記載に異変
誰がいつ線を引いたのか
境界の線を誰がいつ、どこに引いたのか。それを探るため、旧土地台帳をひもといた。すると、不自然な修正跡が見つかった。 どうやら誰かがあとから、線を「寄せて」いたらしい。それは正確な測量のためではなく、意図的なものに見えた。
お隣さんの証言が揺らぐ
隣人のおばあさんがこっそり教えてくれた。「あの姉さん、昔こっそり杭を動かしてたんだよ」 その言葉を聞いたサトウさんの目が光る。「なるほど、それで土地の面積にズレが出てたんですね」と。 姉ミカの強気は、自信というより何かを隠そうとする防衛本能に近かったのかもしれない。
サトウさんの冷静な分析
不一致な登記と現地の境
サトウさんは黙々と図面と現地写真を照らし合わせ、「登記面積と現況が10平米ほどズレてます」と言った。 その差が、ちょうど姉妹の争っている部分と一致していた。サザエさんのカツオが縄跳びで勝手に「ここまでが自分の部屋」って線を引いてたのを思い出した。 あれと大差ないじゃないか、と思ったが、当人たちにとっては真剣そのものだ。
やれやれ、、、また泥沼ですか
「今回はどっちも引かないですね」とサトウさんがつぶやく。「姉妹だからこそ争うんです」と僕は言った。 やれやれ、、、土地と家族ってのは、ほんと相性が悪い。相続っていうのは、過去だけじゃなく感情まで引きずり出す。
境界杭の消失
誰かが意図的に抜いた?
現地の境界杭が見事に抜かれていた。そこだけ地面が不自然に柔らかく、近所の猫すら近寄らない雰囲気だった。 土を掘ってみると、中から折れた杭が出てきた。さらに、そこに錆びたスプーンも一緒に埋まっていたのが不気味だった。
わたし、見たんです
妹のナナが突然口を開いた。「姉が、夜に何か埋めてるのを見ました。でも言えなかった」 恐れていたのは、境界線を越えてきたのが「線」だけでなく「姉の支配」だったからだ。姉にとって妹の敷地は、昔から自分のものであるべきだったのだろう。
相続がもたらす分断
父の遺言に隠された意図
父の遺言書が見つかった。「二人仲良く、この土地を分け合いなさい」との文言。しかし、その地図には境界線が引かれていなかった。 まるで「好きにしなさい」と言っているかのようだが、実際には争いの火種を置いていっただけだ。
名義と実態の乖離
名義上は完全に半分ずつ。しかし実際には姉が広く使い、妹が遠慮して隅に追いやられていた。 これでは争いが起きない方がおかしい。司法書士として、書面の正しさと現実の不条理を突きつけられる瞬間だ。
姉の隠し事
境界トラブルの裏にもうひとつの動機
実は、姉のミカにはこの土地を担保に借金をしようとする計画があった。妹の同意がないと成立しないため、無理やり境界線を押し広げようとしたのだ。 妹を追い出すことで、土地全体を自分のものと見せかけたかった。そのために杭を抜き、測量図をねじ曲げようとしたのだった。
通帳に残された金の流れ
銀行から取り寄せた通帳コピーには、測量会社への多額の支払いが記録されていた。しかし、その会社は既に廃業していた。 調べてみると、代表者は姉の知人で、実体のない架空業者だった。これで姉の不正は決定的となった。
サトウさんの反撃
司法書士の出番です
「不正に境界を操作しようとした証拠はそろいました」と僕が言うと、サトウさんが「では、法務局に報告書を提出しましょう」とすぐに準備を始めた。 やれやれ、、、地味な作業こそが、真実を照らすんだ。
錆びた境界杭と決定的証拠
報告書には、境界杭の写真と、現地とのズレ、通帳の記録、そして姉の不正を裏付ける証言をまとめた。 数日後、調停が開かれ、姉は正式に撤去命令を受けた。妹の敷地は元通りとなり、平穏が戻ったように見えた。
解決とその代償
姉妹が選んだ距離
事件が終わった後も、姉妹の関係が修復されることはなかった。ナナは土地の半分を売却し、別の町へと引っ越していった。 「この家は呪われてるんです」と最後にぽつりとつぶやいた声が忘れられなかった。
土地よりも重たいもの
僕は何度も見てきた。土地の価値は金額ではない。そこに積み重なった時間と記憶が重くのしかかってくる。 そしてそれは、ときに人の絆すら押し潰してしまうのだ。
事務所に戻って
やれやれ、、、土地ってのは人の心まで引き裂くのか
「お疲れさまでした」とサトウさんが言った。僕はうなずきながら、薄く笑った。「やれやれ、、、土地ってのは人の心まで引き裂くのかもしれんな」 サトウさんは言った。「引き裂くのは土地じゃなくて、人ですよ」 たしかにそうだ、と僕は思った。やれやれ、、、今日もまた一歩、境界の向こうに踏み込んでしまったようだ。