封じられた手紙の行方
午後三時の依頼人
その日も事務所はいつも通り、静かに時が流れていた。エアコンの風が書類の端を揺らし、僕は司法書士としての地味な日常に溺れていた。だが、午後三時、古びた茶封筒を抱えた老人が突然現れた。
書留封筒と転送不要の朱印
彼が差し出したのは、転送不要と朱印された書留封筒だった。宛名は、どう見ても現在住んでいない住所。なのに、不思議なことに、それは一度も配達されることなく送り主のもとに戻ってきたという。
不在届に潜む違和感
「受取人は引っ越したそうで、、、でも、転送もされず、何の連絡もないんですよ」と、老人はこぼした。よくある話だ、と一度は思ったが、どこか腑に落ちない。郵便局の手続きは整っているはずなのに。
サトウさんの冷たい指摘
僕が「宛先に問題があるんじゃないか」とつぶやくと、サトウさんは無言でPCを叩き始めた。しばらくして彼女は眉一つ動かさずに言った。「転居届、出ていませんよ。少なくともこの三年間は。」
配達記録の時系列に歪み
郵便局の記録を照合すると、確かに転送手続きは存在していない。だが、差出人の控えには「転送不要」の文字。つまり、意図的に転送を阻んだ可能性が高い。これは偶然ではなく、計画的な遮断だ。
元妻が残した転居通知
依頼人の話を掘り下げると、手紙の宛先は、数年前に離婚した元妻の新住所だったという。彼女は再婚し、苗字も変えていた。だが、旧姓のまま封書を送った理由については口を濁した。
郵便受けに残された手がかり
僕は市内のアパートを訪れた。管理人から聞いた話では、最近「宛名不明」の手紙が頻繁に戻ってきていたらしい。郵便受けには誰かが故意に転送を拒むような、細工すら施されていた。
司法書士の直感と一瞬のひらめき
「これ、わざと受け取らないようにしてるんですよ」僕の脳裏に、どこかの怪盗アニメで見たシーンがよぎる。封筒に“転送不要”と書けば、差出人には戻る。中身を見ずに拒絶する手段だ。
謎の同姓同名との一致
調査の末、近隣にまったく同じ名前の女性がいることが判明した。だが、住所が違う。元妻がその存在を利用し、意図的に届かぬよう設定していたのではないか。これは偶然ではない。
書類送検の盲点を突く
サトウさんは「この封筒、相続放棄の通知ですね」と淡々と言った。もし届かなければ、期限を過ぎて自動的に相続扱いになる。つまり、彼女は“受け取り拒否”によって財産を奪おうとしていた。
やれやれ、、、またかと思いながら
僕は証拠をまとめて警察に提出した。相続権の侵害と詐欺未遂の疑い。まったく、人の財産に関わるトラブルは後を絶たない。やれやれ、、、また書類の山か。
サトウさんの無言の称賛
事務所に戻ると、サトウさんがコーヒーを淹れてくれた。言葉はなかったが、いつもより角砂糖が一つ多い。それが彼女なりの称賛なのだろう。僕はうっかり笑ってしまった。
手紙が届かなかった理由の真相
届かなかったのではない。届かせなかったのだ。手紙を封じたのは、郵便局でも引っ越しでもなく、人の悪意だった。そんなものに、法律の網をかけるのが僕の仕事だ。
犯人が封じたもの
元妻は「自分の身を守っただけ」と供述したらしい。だが、その一枚の封筒が持つ重みは、彼女の理屈を凌駕していた。彼女は封書と共に、自分の信用も封じてしまったのだ。
もう一つの宛先
老人は封筒を胸に抱きながら、「あの子に、謝りたかっただけなんです」とつぶやいた。遺産の話ではなかった。失われた関係に、一言の償いを届けたかっただけなのだ。
真実は投函されていた
結局、その想いは直接伝わらなかった。だが、封筒に込められた言葉は、確かに誰かの心を動かしていた。真実は、すでに投函されていたのかもしれない。