届出の迷路

届出の迷路

朝の印鑑忘れとサトウさんの無言

朝の事務所には、すでにサトウさんのタイピング音だけが響いていた。俺はコンビニの袋を片手に、印鑑を忘れたことに気づいて立ち尽くしていた。「印鑑、机の引き出し」と彼女が淡々と言ったとき、俺は昨日のうっかりを確信した。

「やれやれ、、、朝からこの調子じゃ、今日は何か起きるな」と思った矢先、机の上に置かれた封筒が目に入った。

机の上に残された封筒

それは昨日の依頼人、三好という男が持ち込んだ相続関係の届出書類だった。封筒には「区役所提出」と赤字で書かれている。俺はそれを持って、慌てて午前中の窓口に向かった。

提出先を間違えようが、役所なら回してくれるだろうと思ったのが甘かった。窓口の女性職員は首を傾げ、「この届出、もう処理済みですけど」と言った。

依頼人の焦りと古い住所

依頼人に連絡を取ると、本人は「そんなはずない」と驚き、しばらく沈黙した後「もしかして、前の住所の書類を混ぜたかも」と呟いた。だが、それだけでは辻褄が合わない。

届出が受理されているということは、誰かがその書類を届けたということになる。しかも、提出された区役所の記録には、依頼人本人のサインが残っていた。

封筒の中身は重要書類

封筒を開けると、中には固定資産の相続申請と銀行口座の名義変更通知、さらには死亡診断書の写しまで入っていた。どれも本人以外が扱っていいものではない。

一枚一枚を見ながら、俺は妙な違和感を覚えた。筆跡が、どこか硬いのだ。まるで字が「見本どおり」に書かれているかのように。

区役所の届出簿にない名前

区役所の記録係にお願いして、提出当日の届出簿を確認させてもらった。そこには確かに「三好タカヒロ」と署名されていたが、驚くべきことに、同じ日に「三好タカヒロ」の名で別の申請もなされていた。

「ダブル提出?」という言葉が頭をよぎった。だが、役所側はそれを見落としたまま、それぞれ処理していた。

サザエさんを超えるミス

まるで磯野家のカツオが、宿題を2人分提出したような滑稽さだが、今回は笑えない。登記が先に処理されるということは、相続の実効力も決まってしまう。

依頼人は一人だが、申請者は二人。つまり、もう一人の「三好タカヒロ」は偽物ということになる。

同じ名前の別人が受理していた

俺は登記簿を洗い直した。そこで出てきたのは、依頼人の兄とされる人物。だが彼は、10年前に音信不通になっていたはずだった。

その男が戻ってきて、弟になりすまし、自分の名前で書類を出したとしたら?

まさかの同姓同名トラップ

まさに探偵漫画顔負けの展開だった。同姓同名、かつ兄弟で住所の記憶も共有している。それを逆手に取ったのだ。

俺はすぐにサトウさんに依頼人の筆跡サンプルを持ってきてもらった。「この筆跡、カタカナの“タ”が違いますね」と、彼女は一言で偽者を切った。

すり替えられた封筒

依頼人が喫茶店で書類を整理していたとき、封筒を一度離した瞬間があったという。そこが盲点だった。兄が偶然を装い近づき、封筒をすり替えたのだ。

俺はふと、ルパン三世が美術館で本物と偽物をすり替えるシーンを思い出した。「まさか司法書士が、ルパンのトリックを追うとはな」

うっかりシンドウの意地

一度は見逃しかけたが、俺のうっかり癖が逆に幸いした。提出先を間違えたことで、このトリックに気づけたのだ。

「やれやれ、、、こんな時に限って俺が役に立つとは」心の中で呟いて、俺は正しい書類を持って再提出に向かった。

真犯人は届出を利用していた

兄はすでに別の市に偽名で住み、財産の一部を自分の名義に変更していた。それを追及されることを恐れていたのだ。

だが届出の記録が全てを語る。証拠は全て、彼自身の手で残されていた。

狙いは相続財産だった

今回の相続には、郊外の一等地が含まれていた。兄はそれに目をつけ、弟に成りすまして早々に申請した。

だが司法書士をなめてもらっては困る。書類を見れば、嘘の届出などすぐにボロが出る。

届出番号の不自然な連番

さらに不審だったのは、届出番号が連番であったこと。通常はそんな偶然は起きない。裏から手を回し、窓口の知人を使った可能性が高い。

俺とサトウさんは、証拠を整理して警察へ引き渡した。

サトウさんの一言で方針転換

「先生、どうせ出すなら一番やっかいなところから崩しましょう」サトウさんの冷静な一言に、俺は考え直し、まず届出番号の不正に注目した。

それが突破口となり、あとは芋づる式だった。

書類が動いた日と犯人の動機

届出が提出された日は、弟が病院にいた日と一致していた。つまり、本人ではあり得ないというアリバイが完成した。

兄は「俺のほうが長男なんだ」と供述したが、それは法律では通用しない。

元公務員の裏の顔

実はその兄は、かつて市役所に勤めていたことがあり、内部の書類処理を熟知していた。その知識が逆に仇となった。

一度でも不正に手を染めれば、証拠は必ず残る。それを拾うのが、俺たちの仕事だ。

結末は一枚の訂正届

事件は訂正届一枚で幕を閉じた。役所は手続きを修正し、財産は正しく弟に戻された。

俺は事務所に戻ると、缶ビールを開けて、焼き鳥を口に放り込んだ。夕方の風が涼しい。

帰り道のコンビニで焼き鳥と缶ビール

「やれやれ、、、今日も何とか終わったか」帰り道のコンビニのレジで、サトウさんが一言。「先生、明日からは封筒にメモ貼ってくださいね」

俺は「はい」とだけ答え、胸の中で「たぶん、また忘れる」と呟いた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓