遺言執行の前夜に届いた封書
夜の事務所に差出人不明の手紙
午後7時を回った頃、事務所に一通の手紙が届いた。宛名は明らかに俺、シンドウ宛。ただし差出人は不明。消印も地元ではなかった。開封すると、そこには被相続人本人の筆跡と思しき走り書きと、1枚の地図。
「このまま遺言を執行してはいけない」という一文から始まっていた。やれやれ、、、また妙な案件の匂いがする。
サトウさんの冷たい一言
「で、それは業務ですか?」
俺が封書を見せると、サトウさんは眉一つ動かさずにそう言った。たしかに、法的には関係ない。だが俺の野球部魂が、いや、司法書士としての直感がこのままスルーするなと囁く。
俺は地図を片手に、明朝その場所へ向かうことに決めた。
山奥の古びた一軒家
まるでサザエさんの背景に出てくる謎の家
地図に示された場所には、誰が住んでいるのかわからないような古びた家があった。そこには老女が一人。名を問うと「ハルコ」と名乗った。
その名前は、遺言の内容に出てこなかった被相続人の姉の名前だった。
語られなかった家族の過去
兄妹の確執と空白の十年
老女ハルコはゆっくりと話し始めた。弟との確執、遺産に含まれるはずだった家。そこには登記されていない「約束」があったという。
遺言に書かれていない、けれど確かに存在した家族の物語。それを聴きながら、俺はまた厄介な予感を覚えた。
再確認された遺言書
公正証書に残された意図
遺言書を改めて読み直すと、一文だけ不自然な文末の表現があった。「全てを託す」とだけあり、具体的な分配先が曖昧になっていた。
これは、ハルコに気づかせるための暗号だったのではないか。俺はそう仮定して、解釈を進める。
登記簿にない土地の意味
土地台帳と登記記録のズレ
ハルコの家は、実は登記されておらず、土地台帳上の記録のみが残っていた。こういうケースは珍しくないが、今回それが致命的な「隠し場所」だった。
被相続人は、ここを「記憶の倉庫」として意図的に残していた可能性がある。
サトウさんの推理が冴える
「封印された家こそが遺言よ」
事務所に戻り、サトウさんに報告すると、彼女は即座に核心を突いた。「その家に残された物、それが本当の遺産だったんでしょうね」と。
そして彼女は冷たく続けた。「でも法的には無理ですね、それを守るの」
発見された手書きのメモ
遺言書と照応する紙切れ
古家の押し入れから、被相続人の手書きメモが見つかった。「ハルコにすべてを」とだけ書かれていた。日付も署名もない。ただのメモ。
だが、その裏には土地の簡略図と暗証番号が書かれていた。
鍵のかかった貸金庫
相続財産の行き先
その番号で開けた銀行の貸金庫には、不動産の権利証と1通のビデオメッセージが残されていた。そこには、涙ながらに語る被相続人の姿が。
「ハルコ、すまなかった。これで赦してくれるなら」——それがすべてだった。
やれやれ、、、結局登記は変わらず
司法書士の限界
法的な意味では、あの家は遺産には含まれない。登記されてないし、遺言にも明記されていない。だが、俺は知っている。ハルコの涙の意味を。
やれやれ、、、書類に書けないものが一番重たいなんて、なんて不便な仕事だ。