午後三時に消えた杭
午後の訪問者と境界確定の依頼
その日はちょうど昼下がり、アイスコーヒーの氷が溶けきった頃だった。事務所のドアをノックしたのは、少しばかり神経質そうな顔つきの初老の男性だった。「お隣との境界をはっきりさせたいんです」——その一言が、面倒な午後の始まりだった。
お隣同士の静かな火種
田舎の境界問題というのは、まるで何十年も前から煮詰め続けられた鍋のように、表面は穏やかでも底はドロドロしている。依頼人の畑とお隣の敷地の間にある杭が「最近見当たらない」とのことだった。表面上は笑顔でも、火花が散る気配を肌で感じた。
図面と杭のズレが語る違和感
古い図面を広げて確認したところ、確かに杭の位置が数十センチずれているように見えた。が、それ以上に奇妙だったのは、図面そのものに微妙な改変があったことだった。線の太さ、筆圧、朱肉の位置——どれも“後から”誰かが何かをした匂いがする。
やれやれ、、、また一筋縄ではいかない
そう思っていたら、サトウさんがため息ひとつ。「これ、プリンタの癖ですね。近所のホームセンターに置いてある機種と同じ。」やれやれ、、、素人がいじった図面でこんな面倒なことになるとは。
境界杭を最後に見たのは誰か
「杭が見えなくなったのはいつ頃ですか?」と聞くと、依頼人は「三日前の午後三時にはあった」と言った。一方、隣人は「一週間前にはなかった」と証言。三時という時刻にこだわる理由が気になった。
過去の分筆と登記簿の罠
登記簿を確認すると、どうやら十年前に一度分筆が行われていた。だが、図面と地積測量図に微妙なズレがあることが判明。しかもその分筆を担当したのは、今は廃業している隣町の司法書士だった。
サトウさんの冷静な追及
「その先生、サザエさんでいうところの波平タイプですよね」とサトウさん。眉毛も書類も立派だったらしい。「でも、境界に関してはタラちゃん並みにふわっとしてたらしいですよ」——この皮肉が、核心を突くヒントになった。
法務局の奥に眠る古い図面
法務局で閲覧した古い図面には、実はもう一本の杭の位置が描かれていた。現地には存在しないその杭——それが「午後三時」に“消えた”理由を物語っていた。犯人は意図的にその杭だけを引き抜いていたのだ。
杭を動かした者の目的とは
境界をわずかに動かすことで、数平米の土地を得ようとしていたらしい。それにより、隣人の倉庫の建て替えができるようになる——つまり、意図的な境界操作だった。法律用語で言えば「不当利得」。ただし、証拠がなければただの推測だ。
元野球部の勘が導く一点突破
グラウンドでフライを見失っても、最後は勘でボールをキャッチしたあの頃。なんとなく、この件にもそんな“勘”が働いた。杭のあった位置に草が妙に生い茂っているのを見つけた俺は、スコップを借りてそこを掘り返した。
謎を解く鍵は“座標”にあり
見つかったのは、錆びかけた杭とGPS座標を印字した古い測量タグ。これこそが動かぬ証拠だった。サトウさんが即座に写真を撮り、日付入りで記録を残す。「証拠能力を意識するのは、もう職業病ですね」と彼女は笑った。
サザエさん一家なら円満解決だったが
結局、隣人は黙って杭を戻し、「誤解があったようだ」と曖昧に謝罪した。波平なら「うむ、そうか」で済んだろうが、現実はそう甘くない。依頼人はやや不満げだったが、これ以上騒げば泥沼になるのは明らかだった。
午後三時の現場に戻る理由
あの日と同じ時間、もう一度現場に立った。杭は元の場所に戻され、静かに草むらに沈んでいた。「午後三時って、妙にドラマチックですよね」とサトウさん。夕方でも朝でもなく、ちょうど“過去と未来”の境界にいる気がした。
消えた杭が示す境界の真実
人の心の境界線も、土地のそれと同じように曖昧で、簡単に引き直されてしまうものなのかもしれない。でも今回は、少なくとも“杭”が真実を示してくれた。物言わぬ証人は、黙って全てを語っていた。
依頼人の胸に去来する複雑な想い
「ありがとう」と依頼人は言ったが、その声には苦味があった。隣人との関係は戻らないかもしれない。それでも、自分の“境界”を守ることができたという納得感は、確かにそこにあった。
サトウさんのひと言で締まる結末
「この仕事って、結局“線を引く”ことに尽きますね」——サトウさんのその一言に、俺は返す言葉が見つからなかった。ただ、ひとことだけ呟いた。「やれやれ、、、本当に。」