朝の書類に紛れた違和感
いつものように、サトウさんが無言でデスクに書類の束を置いた。僕が「おはよう」と声をかけても返事はない。どうやら今日も塩対応で始まるようだ。 その中に一通、古びた封筒が混じっていた。差出人欄には手書きで「鈴原株式会社 登記依頼」とだけある。 しかし――この会社、すでに登記簿上は閉鎖されているはずだった。
閉鎖会社からの登記相談
内容を確認すると「代表取締役変更登記をしたい」とある。閉鎖されているはずの法人が、なぜ今さら? 添付された印鑑証明書の日付はなんと昨日。これは単なるうっかりでは済まされない案件だ。 やれやれ、、、今日も一筋縄ではいかないようだな。
謎の代表者と繋がらない電話番号
記載されていた電話番号にかけてみたが、何度かけても「現在使われておりません」と自動音声。 代表者の名前も妙だった。「波平 太一郎」。サザエさんの波平を連想してしまったのは、たぶん寝不足のせいだろう。 とはいえ、こんな名前を使う人物がまともな依頼人とは思えない。
調査開始そして足跡なき登記簿
法務局で過去の閉鎖登記簿を閲覧してみる。確かに「鈴原株式会社」は5年前に清算結了として閉鎖されていた。 にもかかわらず、代表者変更などという手続きが現れるのはおかしい。 まるで死者が戸籍を変更しようとしているようなものだ。
閉鎖日と現存しない会社の不一致
さらに奇妙なことに、登記簿上の閉鎖日は令和2年。しかし、依頼書に添付された履歴事項全部証明書には令和4年まで活動していた記録がある。 一体どちらが本当なのか。登記官のミスか、あるいは――。 少なくともこの矛盾は、誰かが意図的に作ったものだ。
元取締役の消息を追って
かつての代表取締役を調べると、郊外にひっそりと暮らしている老人が浮かび上がった。 訪ねてみると、「もう会社のことなんか関わりたくない」と玄関越しに一言。 それでも僕が「登記上の話だけでも」と言うと、ふっとため息をついて中へ招き入れてくれた。
サトウさんの冷静な指摘
戻ると、サトウさんが無言で一枚のFAXを渡してきた。僕が不思議そうに見つめると、彼女は淡々と口を開いた。 「これ、代表者の印影ですけど、平成の登記と令和の登記でゴム印の向きが違います。使い回しか偽造の可能性がありますね。」 ああ、そういう観点もあったか。やっぱりこの人、只者じゃない。
消えた代表印の謎
印鑑カードの照会をかけても、現在は抹消済との回答。 ところが、依頼書の印影はその抹消印と瓜二つ。つまり――誰かが旧印影を使って登記の復活を偽装している。 目的は何か? そしてその「誰か」とは?
倉庫に残された旧式のゴム印
再び元代表の老人宅を訪ねると、倉庫の奥から古い印鑑ケースが出てきた。 「使わなくなったから捨てようと思ってた」と老人は笑ったが、僕はゾッとした。 この印鑑が今でも使われているなら、どこかで誰かが会社を蘇らせようとしているのだ。
公図に記された不思議な地番
旧会社が所有していた土地の謄本を見てみると、そこには謎の地番変更の履歴があった。 所有者は変わっていないのに、なぜか登記地番がズレている。 これは、地番を移動させて本来の所有権を隠そうとする手口に似ている。
昭和の頃の分筆記録
昭和52年の地番分筆記録を辿ると、元々の所有者は別の人物だった。 どうやら鈴原株式会社は、その人物の名義を巧妙に利用して不動産を一時的に預かっていたようだ。 これは遺産隠し、または税逃れのスキームかもしれない。
名義の裏に潜む別人
最後に残された謄本に、もう一つの名前が記されていた。「中島カツオ」。 僕は思わず二度見した。波平にカツオ――冗談にしては出来すぎている。 だが、そう思って笑っているうちに気づいた。この名前の使い方は、意図的に注意を逸らすための「サザエさんトラップ」だ。
登記簿の罠
関係者が全員無関心を装うこの件、核心は「古い登記を使って新しい契約を偽装する」ことにあった。 閉鎖会社の登記を復活させ、過去の不動産を今も所有しているように見せかけて、担保に利用していたのだ。 典型的なペーパー会社型の詐欺。それが今回の真相だった。
やれやれ、、、地味に見えて深い沼
この仕事、派手さはない。誰にも知られずに終わるかもしれない。 でも、たった一枚の申請書が、誰かの財産や人生を守ることになる。 だからこそ僕たちは、こうして地味に泥を掘り返していくのだ。
閉鎖会社の背後にいた意外な依頼人
実は最初の封筒を送った人物は、数年前に鈴原に騙された元社員だった。 彼は閉鎖会社が今も利用されていることに気づき、司法書士の僕に調査を託してきたのだ。 全てを終えた後、彼からの「ありがとう」は短くも重たかった。
結末そして司法書士の矜持
事件が終わったその日、事務所に戻るとサトウさんがぽつりと「今回はまあ、及第点ですね」と言った。 いや、少しは褒めてくれてもいいだろうと思いながらも、僕はその一言にちょっとだけ救われた気がした。 うっかりしてるけど、なんだかんだで僕は、今日も誰かのために役に立ったのだ。
真実を記す一枚の申請書
封印された真実は、登記簿の片隅に静かに記された。 やがてその会社のページは再び閉じられ、今度こそ永遠に眠りについた。 僕は静かに万年筆のキャップを閉じる。「さて、次はどんな書類が来るかな」
封印された過去と向き合う時
人生には、記録に残らない真実がある。 でも、司法書士という立場であればこそ、そこに目を向けることができる。 やれやれ、、、また何か始まりそうだ。