印影に潜む嘘

印影に潜む嘘

事務所に届いた奇妙な電話

午後3時を少し回ったころ、一本の電話が事務所にかかってきた。受話器を取ったサトウさんが小さく眉をひそめる。
「代表者印が盗まれた可能性があるって言ってます」
それは、地元の中小企業の社長からの連絡だった。代表者印が勝手に使われたかもしれないと。

「代表者印が盗まれた」と社長は言った

「でもね先生、印鑑証明にはちゃんと印が押されてたんですよ」
社長の声はどこか自信なさげで、逆にこちらが不安になる。印影が一致しているなら偽造ではない。でも違和感があった。
僕は椅子に深くもたれかかり、サザエさんの波平がカツオに説教する時のような口調で言った。「サトウさん、これはちょっと調べたほうがいいかもしれない」。

書類の山に埋もれた一枚の違和感

ファイルキャビネットの中から、その会社が過去に提出した書類のコピーを取り出す。
ひときわ古びた契約書の一枚にだけ、他とは違う押印の癖があった。インクの濃さ、位置、そして紙の裏写り。
「この印だけ、明らかに他と違いますね」とサトウさんが冷静に言った。やれやれ、、、また面倒な仕事の予感だ。

サトウさんの冷静な分析

僕が「似てるけど何か変だな」と唸っている間に、サトウさんはすでに市役所から印鑑証明を取り寄せていた。
仕事が早い。目の前で将棋の桂馬が飛び出すように、次の一手を打ってくれるから助かる。
「先生、これをご覧ください。押されているのは“本物”の印ですけど、使用されたタイミングが問題です」。

契約書の印影が指し示すもの

契約書には、代表者の氏名と会社名が明記され、そこに例の印影が捺されている。
だが、その日付は社長が入院していた期間と完全に一致していた。自ら署名捺印できる状況ではなかった。
「誰かが勝手に使った、と考えるのが自然ですね」とサトウさん。確かに、これは「本人の意思」なき押印だ。

登記簿の記載と一致しない社判の謎

次に確認したのは会社の登記事項証明書。住所と役職は問題ない。しかし、登記時の印影とは微妙に違って見える。
「会社が新しい印を作ったとか?」と僕が口にすると、サトウさんは淡々と否定した。
「変更登記されてません。印を変えるときは届出が必要ですから」。不自然なまま、謎が深まっていく。

元野球部の勘が当たるとき

その夜、事務所で一人昔の資料を見返していたときだった。
ふと目に入ったのは、5年前の役員変更届。そこにも同じ印影が使われていた。
「待てよ、このときも社長は不在だったはずだ」。元野球部の勘が、ここでようやくヒットを打った。

「あれ これどこかで見たことあるな」

印影というのは、実に個性が出るものだ。位置、角度、押し圧。
野球で言えば、スイングの癖や構えの違いのようなもの。
「この印影、他の社員が押していた可能性がある」。そう考えた瞬間、ある人物の顔が思い浮かんだ。

古い登記に潜んでいた不自然な日付

翌朝、法務局で過去の登記記録を洗い直した。
すると、5年前の登記で使われた印影も、今回と全く同じ位置と濃さだった。
通常なら微妙なズレが生じるはずなのに、それがない。同じ印影を転写した可能性が浮上する。

やれやれ、、、またかよという気持ちと共に

疑惑の社員に連絡を取ると、あっさりと「社長に頼まれて押した」と白状した。
だが社長は「そんな指示は出していない」と真っ向から否定する。二人の言い分は食い違っていた。
僕は深いため息をつき、書類を机に叩きつけた。「やれやれ、、、言った言わないの話になってきたな」。

シンドウが訪れた旧本社ビルの裏口

真相を探るため、会社の旧本社ビルを訪れた。なぜか、その裏口のシャッターが半開きだった。
中に入ると、そこには使われなくなった金庫が置かれていた。
「誰か勝手にここを使ってた?」鍵はかかっておらず、中には印鑑が雑に放り込まれていた。

そこで待っていたのは意外な人物

金庫の脇で待っていたのは、社長の息子だった。
「俺がやったんです。父に認められたくて……でも本物の書類には使ってません」
実印は偽造されてはいなかった。ただ、無断使用されていたのは事実だった。

嘘の上塗りを暴く

社長は息子をかばおうとしたが、事実は事実として記録に残す必要がある。
「印鑑は使った時点で“本人の意思”が求められます」。
司法書士として、それだけは譲れなかった。

実印はあった ただし使ったのは本人ではない

押されたのは確かに本物の実印だった。だが、それは本人の了承なしに使われたもの。
今回の問題は偽造ではなく「無断使用」だったのだ。
「うっかりじゃ済まされない問題です」と、思わず自分にも言い聞かせた。

サトウさんの一言が導いた決定的証拠

「シャチハタじゃなくてよかったですね」。サトウさんの皮肉混じりの一言に、思わず吹き出しそうになる。
だが確かにそのとおりだった。認印だったらここまで掘れなかったかもしれない。
今回は“本物”だったがゆえに真相へたどり着けたのだ。

最後に笑うのは誰か

事件は穏便に社内処理され、社長の息子は他部署へ異動となった。
社長は僕に深々と頭を下げ、「あんたに頼んでよかった」とだけ言って帰っていった。
印影の裏に隠れた“嘘”は、ようやく日の目を見たのだった。

解決の先に待っていた小さな感謝

事務所に戻ると、サトウさんが小さく笑って言った。
「先生、また“印鑑コナン”でしたね」
そうか、僕も少しは名探偵コナンに近づいたかもしれない――いや、せいぜい波平止まりか。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓