登記簿の嘘に沈む家

登記簿の嘘に沈む家

午前九時の依頼人

見覚えのある名字と重たい封筒

事務所のドアがきしむ音とともに、見知らぬ中年女性が現れた。名前を聞くと、かすかに記憶に残る地元の旧家の名字だった。彼女の手には分厚い封筒が握られており、その中には「相続関係説明図」と朱書きされた紙が数枚見えた。

「亡くなった父の相続登記をお願いしたいんです」そう言った彼女の声は、どこか乾いていた。少し気になったが、とりあえず話を聞くことにした。

亡き父と不自然な相続

遺産分割協議書の違和感

封筒の中身を確認していると、妙に揃いすぎた協議書が目に留まった。全員の署名が整っており、印鑑も均等に押されている。だが、なぜかその整然さが妙に作為的に感じられた。

「相続人はこれで全員ですか?」と尋ねると、彼女は一瞬だけ目を泳がせて「ええ」と短く答えた。疑念は深まった。

サトウさんの冷静な指摘

字の乱れに潜む真実

「この“カズオ”の字、急に書き癖が変わってますね」と、サトウさんが冷ややかに言った。彼女は私の隣で協議書を眺めながら、さらりと筆跡の不一致を指摘した。

たしかに、他の署名に比べてその一筆だけが浮いていた。書き慣れていない、あるいは本人ではない可能性がある。私はため息をついた。「やれやれ、、、また面倒な予感がするぞ」

印鑑証明の罠

市役所ではじかれた印影

確認のため、協議書に添付された印鑑証明書を持って市役所へ向かった。そこで言われた一言がすべてをひっくり返した。

「その印鑑証明、三年前で失効してますよ」係員の声に、背筋が冷たくなった。書類の提出日はつい最近のはずだ。これは誰かが過去の証明書を偽造に使ったということになる。

消えた兄と謎の登記申請

提出されたはずの委任状

「兄は海外に住んでるから」と言っていたが、その兄の委任状がどうしても見つからない。依頼人に聞いても曖昧な返事しか返ってこない。

実は登記の名義を一人に集約したいという意図が見え隠れする。そのためには、兄の署名と押印が必要だ。だが、その兄の所在が確認できないというのは致命的だった。

「やれやれ、、、」とため息

疑念が確信に変わる瞬間

事務所に戻ると、サトウさんが調べていた過去の登記簿を差し出してきた。「これ、三年前に一度更正されてます。理由は“所有者名誤記”って書かれてるけど、どう見ても…」

「改ざんだな」と私が続けると、彼女はうなずいた。「しかも、法務局に提出された書類は今回と筆跡がほぼ一致してます」

法務局での逆転劇

登記官の反応と見落とし

法務局の窓口で一連の書類と筆跡サンプルを示すと、登記官の顔色が変わった。「これ、提出時に気づかなかったのはまずかったですね…」

協議書の再提出と、真正な委任状の再取得を求める文書が即日で出されることとなった。これにより、いったん進行していた相続登記は停止された。

実印と偽証と家族の闇

誰が嘘をついたのか

結局、依頼人の姉が兄の委任状を偽造していたことが判明した。家を一人占めにしたかったらしい。「兄にはもう連絡がつかないと思って…」と言っていたが、その裏には相当な確信犯的動機があった。

「カツオが波平のハンコ勝手に押して問題になったのと同じレベルですね」とサトウさん。私は苦笑するしかなかった。

暴かれた筆跡の真実

それでも家を守る理由

「私はこの家を守りたかったんです」そう話した依頼人の姉は、涙を流した。動機がどうであれ、やっていいことと悪いことはある。

家族を守るために偽造という手段を選んだ彼女に、私は苦い顔を向けながらも、次は司法書士ではなく刑事事件の話になることを告げた。

静かな結末と午後の紅茶

サトウさんはやはり鋭い

事件がひと段落し、午後のティータイム。いつものようにサトウさんが無言で紅茶を差し出してくれた。私は静かにそれを受け取り、ひとくち。

「サトウさん、あんたやっぱり名探偵だよ」そう言うと、彼女は冷たく「当然です」とだけ返した。やれやれ、、、俺の立場はどこへ行ったのやら。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓