最後に現れた家族

最後に現れた家族

はじまりは遺産相談だった

八月のじめっとした午後、事務所の扉が軋むように開いた。立っていたのは、見慣れぬ若い男性だった。 細身でスーツもどこか借り物のように見えたが、目だけはやけに真っ直ぐだった。 彼は静かに座ると、亡くなった父の相続について相談したい、と口を開いた。

訪ねてきたのは見知らぬ青年

青年の名はヒビノアキラ。戸籍上の父が亡くなり、遺産の件で親族から排除されているのだという。 「認知はされています。でも家族とは名ばかりで、顔も知りませんでした」と彼は笑った。 その笑みの奥に、諦めとわずかな怒りが滲んでいた。

亡父の戸籍に記された名前

戸籍謄本を見ると、たしかに彼の名前が父の欄に記載されていた。 認知の記録もあり、法的には相続人としての資格があるはずだ。 だが、同席していたもう一人の相続人である異母兄は、彼の存在そのものを否定していた。

戸籍謄本が語る新たな血縁

私はコピーを取りながら、過去の案件で似た事例を思い出していた。 血縁は証明されていても、感情がその存在を受け入れないことは珍しくない。 「それでも法は無視できません」と言う私の声は、乾いたエアコンの風にかき消された。

遺言書と相続人の条件

被相続人が遺した遺言書には、兄に全財産を譲ると明記されていた。 ただし日付が古く、内容も形式も不完全な印象を受ける。 何より、青年が認知された後の日付ではなかった。

分割協議書に潜む罠

異母兄は、すでに家裁で調停を済ませたと主張するが、それも片側だけの協議だった。 遺産分割協議書にはヒビノの名前はなく、署名欄も空欄のままコピーされていた。 サトウさんがその箇所に目を止め、静かにファイルを閉じた。

認知と法定相続の境界線

「認知された子は実子と同じ扱いです」私は繰り返すように説明した。 「ただし、遺言で全てが覆る場合もあります」 それを聞いたヒビノは、ほんのわずかだけ表情を歪めた。

相続人全員の署名がない理由

「これ、提出された調停書にも名前がないですよ」とサトウさんが指摘する。 調停調書のコピーに、確かに一部改変された痕跡があった。 スキャンミスか、意図的な切り貼りか――それはすぐに調べがついた。

サトウさんの冷静な分析

塩対応で有名なサトウさんだが、こういう時は実に頼りになる。 彼女は地元の公証役場に電話をかけ、遺言書の原本照会を依頼していた。 私は、熱中症になりそうな頭を冷たいお茶で冷やしていた。

印鑑の照合と日付の矛盾

届いた資料には、確かに故人の署名と拇印があった。 だが、それが他の書類と一致していないことにサトウさんはすぐ気づいた。 「印影が違うんです。これは、別人が押した可能性があります」

故意か偶然か判を押したのは誰か

鑑定結果は、被相続人が押したものではない可能性が高いとのことだった。 つまり、遺言書は無効の可能性があり、法定相続が適用されるということだ。 「やれやれ、、、また余計な仕事が増えたな」と、私は思わず呟いていた。

遺産をめぐる対立の本質

ヒビノと異母兄は、顔を合わせようともしなかった。 弁護士を通してのやりとりが続き、感情はさらにこじれていった。 だが、それぞれの主張の裏には、単なる金銭だけではない事情があった。

兄妹の対立と隠された出生の真実

父はヒビノの母と正式な夫婦ではなかったが、最期まで援助をしていた形跡があった。 手紙の下書き、通帳の振込履歴、そして──認知届。 父なりの責任だったのかもしれない。

血縁より深い事情があった

兄のほうもまた、父に愛されていないという思いを抱えていたのだろう。 彼が遺言を「整えた」理由は、きっとそんな寂しさの裏返しだ。 だが、それは法の前では通じない。

シンドウのひらめき

その夜、私は事務所で缶コーヒーを片手に一人資料を見返していた。 ふと、認知届に添付された住民票の記載に目が止まった。 提出日とヒビノの出生年月に、微妙なズレがあったのだ。

やれやれ、、、記載ミスにも意味がある

細かいズレだったが、そこに父の「わざと」の匂いを感じた。 正式な届出がされたのは、自分の死期を悟ってからだったのだ。 それは、ヒビノへの「最後の責任」の証だったのかもしれない。

公証役場の記録が語る意外な事実

後日、公証役場から届いた最終回答で、決定的な証拠が判明した。 父は、もう一通の公正証書遺言を残していたのだ。 それには、「息子ヒビノにも等しく相続させる」と明記されていた。

最後に現れた家族の選択

ヒビノは、法定相続分を主張することもできた。 だが、彼は全ての資料を見終えると、静かに言った。 「名字を受け取れたので、それで充分です」

遺産ではなく名字を求めて

彼が求めていたのは、金ではなく「自分の出自の証明」だったのだろう。 通帳も不動産も手放し、彼はそのまま町を去っていった。 まるでルパンのように、何も奪わず、しかし確かに何かを得て。

それぞれの決断と別れ

異母兄は、一人残った実家で庭木の剪定をしていた。 「もう一度、兄としてやり直せたかもな」そうつぶやいたと、近所の人が言っていた。 やれやれ、、、この町にはまだまだ、物語が眠っているらしい。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓