家族信託と嘘の契約
忙しい朝と一通の電話
朝のコーヒーに口をつける間もなく、事務所の電話が鳴った。昨日は深夜まで申請書のチェックで、まだ脳が働いていない。 受話器の向こうからは上品そうな老女の声がした。「家族信託の契約を見直したいんです」。ただの相談にしては、声が震えていた。 それが、すべての始まりだった。
奇妙な依頼人
訪ねてきたのは佐山フミという70代の女性。品のいいスーツに身を包み、背筋はぴんと伸びている。 しかしその瞳の奥には、どこか恐怖のようなものが宿っていた。 「息子が最近、私に何も言わず勝手に動き始めている気がするんです」と、彼女は言った。
信託契約書の違和感
彼女が差し出した契約書は、確かに形式的には正しく整っていた。だが、どこか妙だった。 受益者の名がやけに曖昧で、追記が多い。署名にも不自然な筆跡の揺れがある。 「おかしいな……これは俺が作った契約書じゃないぞ」思わず声が漏れた。
遺留分を巡る家族の闇
調べを進めると、信託の裏には相続人である息子・佐山拓也の存在が浮かび上がった。 どうやら父の死後、母に内緒で受益者の変更を進めていたようだ。 信託契約を利用し、法定相続分を無視する形で資産を自分に集める狙いが見え隠れする。
サトウさんの鋭い指摘
「これ、相続税対策の名を借りた資産隠しですね。しかも母親の同意が曖昧です」 サトウさんが淡々と告げた。机の上の書類に一瞥をくれるだけで、鋭い本質を突く。 やれやれ、、、本当にこの人がいなけりゃ、俺なんか書類の山で窒息してただろう。
消えた受益者の行方
もうひとつ、気になる点があった。初期の契約書では「第二受益者」として娘の名があったはずなのだ。 だが、現在の契約書からはその記載が消えている。彼女は今、海外に住んでいて連絡も途絶えているという。 なぜ、娘の存在が隠されているのか。ますますもって怪しい。
遺言と信託の矛盾点
遺言書を見せてもらうと、そこには「財産の半分を長女に相続させる」とあった。 だが、現在の信託契約では息子がすべてを管理し、自由に運用できる内容になっている。 つまり、遺言と信託で齟齬が出てしまっているのだ。
司法書士としての違和感
俺は書類を見るたび、胸の奥に引っかかるものを感じていた。 どこかに大きな嘘が隠れている、そんな直感だ。元野球部のカン、というやつかもしれない。 だがカンは司法書士の世界では通用しない。証拠が必要だ。
やれやれ、、、俺の出番か
昼休み、サザエさんの再放送を観ながらカツ丼をかき込んでいた時だった。 「これってさ、カツオが勝手に三河屋のツケを増やしてるのに似てません?」とサトウさん。 その一言で、俺の頭の中のパズルが一気に揃った。
鍵を握る第三者の証言
翌日、俺は昔の信託契約の作成に関わった税理士に会いに行った。 「確かに最初は娘さんにも財産を分ける前提でしたよ。奥さんが反対してたけど…」 奥さん、つまり佐山フミ。老女が嘘をついていた? まさかの展開だった。
契約書に仕込まれた罠
再度、契約書を読み込むと、特定条項に「受益者の変更は信託監督人の同意を要する」とあった。 だが、その監督人の署名は、どう見てもコピーだった。 つまり、受益者変更そのものが無効だった可能性がある。
真実を明かした信託監督人
俺は信託監督人である弁護士に連絡を取った。「そんな変更、承認していませんよ」 その言葉が決定打になった。 すぐに公正証書の訂正と、息子への通知を進める準備に入った。
家族の仮面が剥がれる瞬間
佐山拓也は事務所に呼び出されると、開き直った態度をとった。 「だって妹はもう日本にいないし、母親の世話してんのは俺だぞ?」 その言葉を聞いて、フミさんの顔が歪んだ。「あなたは私を道具にしたのね…」
嘘の契約が導いた結末
契約は元に戻され、娘にも連絡がつき、彼女が帰国する運びとなった。 信託は本来の姿を取り戻し、母の老後も安泰になった。 俺は書類の山に戻りながら、ひとりごちた。「やれやれ、、、また書類地獄か…」