朝の電話と境界杭の影
見慣れた農地に走る一本の線
朝の八時、私の机の上には冷めかけたコーヒーと、誰にも渡したくない静寂があった。それを破ったのは一本の電話だった。 「うちの土地の境界、なんか変なんだよ。杭の位置が違うような気がしてさ」 ご近所の田村さんだった。あの人は声に焦りが混じるとき、必ず何かトラブルを抱えている。
地主からの一本の相談電話
「杭が動いたかもしれないって? いやいや、そんな簡単に動くもんじゃない」 そう言いながらも、頭の中でざわつく違和感を無視できなかった。杭が動く時、それは偶然か、あるいは誰かの意図だ。 土地の境界にまつわる争いは、まるでご近所版シャーロックホームズ。いや、私の場合は地味なワトソンかもしれないが。
サトウさんの冷たい視線と紅茶
測量士と司法書士の微妙な関係
事務所に戻ると、サトウさんが静かに紅茶を入れてくれていた。目は笑っていない。 「また境界ですか。多いですね、境界って」 その冷ややかな声に、私は苦笑いするしかなかった。測量士と司法書士の協力関係なんて、まるで名探偵コナンと毛利小五郎だ。
境界確認書に浮かぶ違和感
調査を進めるうちに、過去の境界確認書の写しが出てきた。だが、現地の杭とは微妙にズレている。 その差はわずか20センチ。しかし、それが倉庫一つ分の敷地に値するのだ。 「このズレは偶然じゃないな」そうつぶやいた私に、サトウさんは珍しくうなずいた。
隣人が語る三年前の会話
あの杭は動かされたかもしれない
隣の地主、古川さんの話によれば、「三年前に田村さんが杭の位置を気にして何かしていた」とのことだった。 「その後、杭がいつの間にか違う位置にあったような……」古川さんは曖昧な口調ながら、確かな証言を落とした。 私はその一言に引っかかりを感じた。
記憶に残る白い軽トラの男
古川さんの話に登場した「白い軽トラの男」。それが現場にいたのは、確かその時期だ。 業者かと思ったが、名前は誰も覚えていない。 やれやれ、、、また面倒な謎が増えた。サザエさんのように笑って済ませたいが、これは冗談じゃすまない。
公図と現地が語る矛盾
線がズレた理由は記録にある
役所で手に入れた公図は、現地の状況と一致していなかった。線が少しだけ南にズレていた。 一方、地積測量図では明確に北側のラインが境界とされていた。 この矛盾が意味するのは、過去に誰かが境界を意図的に修正した可能性だ。
書類の片隅に残された旧筆界
注意深く見ると、古い測量図の端に「旧筆界」という手書きのメモがあった。 この筆界をもとに杭が設置されたのなら、今の杭は明らかにずれている。 つまり、杭が動いたのではなく、動かされたのだ。しかも、誰にも知られないように。
境界に隠された動機
畑に現れた新しい倉庫
現場に出向くと、田村さんの畑の端に、最近建てられたらしいプレハブ倉庫があった。 「ちょっと道具を置いてるだけですよ」と言いながら、彼は目を逸らした。 この倉庫が立っている場所が、まさに問題の20センチ分のズレの先だった。
税金と補助金と隠された利益
後日、サトウさんが市役所の補助金一覧を調べてくれた。倉庫の建設補助が出ていたのだ。 しかも申請書には「自己所有地」と明記されていた。ズレているとは知らず、あるいは知っていて? その違いが、今回の“嘘つき”の核心だった。
証拠は杭と足跡とスコップ
土に残されたスニーカーの裏
現地調査中、杭の周囲に人の足跡が残っていた。しかもスニーカーの模様が土にくっきり。 それが倉庫の裏口まで続いているのを見つけた私は、無意識ににやけた。 「スニーカーに罪はないけどね」そんな軽口を叩く余裕が出てきた。
掘り返された形跡を辿って
さらに杭の根元を掘ってみると、土の層が明らかに乱されていた。 周囲の土と違い、そこだけ新しかった。杭は最近、確実に掘り起こされ、再び埋め直されたのだ。 これで動かぬ証拠が揃った。
サトウさんの一撃と私のうっかり
図面を裏返すと真相が見えた
事務所に戻ると、サトウさんが「これ、裏も見ました?」と一枚の図面を渡してきた。 裏には鉛筆で「筆界未確定」の文字と日付が記されていた。 私はその存在を完全に見落としていた。やれやれ、、、またサトウさんに助けられてしまった。
やれやれ、、、また忘れてたよ測量士のあの癖
そういえば、あの測量士は筆界確定が面倒な時、裏にメモを残す癖があったっけ。 それを思い出していれば、もう少し早く気づけたかもしれない。 それでも、終わりよければ全てよし……と言いたいところだが、現実はそう甘くない。
真犯人は誰だったのか
嘘をついたのは誰のため
田村さんは、結局黙秘を続けた。だが、証拠は全てを語っていた。 補助金と新設倉庫とズレた杭。 嘘をついたのは、利益のため。正義のためではなかった。
境界線を越えてしまったのは人の欲
杭は人が動かす。しかし、心の中の境界線は誰が動かすのだろう。 たった20センチで、信頼は崩れ、隣人は敵になる。 今回越えてしまったのは、線ではなく、欲だった。
役所と登記簿と少しの修正
現地復元と筆界確認の作業
私は関係者全員と現地に立ち、正しい杭の位置を再確認した。 測量士も呼び、筆界確認書を新たに作成。 すべての手続きは穏やかに、しかし慎重に進められた。
調停ではなく合意という選択
最終的には、隣人同士の合意で登記簿を訂正することで落ち着いた。 争いではなく、話し合いで解決する――その姿に少し救われた気がした。 それでも、胸の奥にわずかな痛みが残るのはなぜだろう。
事件が終わりそして日常へ
サトウさんの笑わない祝杯
「終わりましたね」と言いながら、サトウさんが差し出したのは缶コーヒーだった。 私は苦笑して受け取り、事務所の椅子に沈み込んだ。 「たまには紅茶がいいな」と言ったが、彼女はまったく笑わなかった。
また次のトラブルがこちらを見ている
書類の山の向こうに、また一件の境界相談のFAXが届いていた。 やれやれ、、、終わったばかりなのに、もう次か。 私は立ち上がり、机の上の地図に目をやった。