相続登記が告げる死

相続登記が告げる死

相続登記が告げる死

朝の電話と遺言のない死

朝9時ちょうど、事務所の電話がけたたましく鳴った。受話器の向こうからは、訥々とした男性の声が聞こえてきた。「叔父が亡くなりまして、相続登記の相談を…」。声にどこか怯えが混じっているのが気になった。事務所の時計はまだコーヒーすら飲ませてくれない時間帯だった。

「やれやれ、、、」思わず漏らした一言が、今日も一日波乱に満ちる予感を示していた。

名義変更の依頼と不審な態度

依頼者の男は三十代前半。スーツにネクタイ、礼儀はあるが視線が泳いでいた。「叔父の家を売却する予定でして、早めに名義変更を済ませたいんです」と早口で語る。だが、戸籍関係の資料が中途半端だ。あきらかに用意が雑で、誰かに急かされているような印象だった。

その横で、サトウさんは無言で男の靴を見ていた。泥が付いていて、しかも左右でサイズが違う気がする。妙な違和感が胸の奥にひっかかった。

サトウさんの沈黙の指摘

「この人、自分で集めた書類じゃないですね」とサトウさんが小声で囁いた。言われてみれば、筆跡の違う委任状、過去の固定資産税の通知書に別の姓が記されていた。登記の依頼とは名ばかりで、これは何かをごまかすための準備に見えた。

彼女の観察眼はまるでキャッツアイの瞳のように鋭く、ぼくの脳内では勝手にサザエさんのタマが「あやしいニャ」と鳴いていた。

調査の鍵は昭和の固定資産台帳

地元の役所に出向き、古い固定資産台帳を閲覧させてもらった。昭和45年当時の記録に、「元名義人の母屋」として別筆の注記が残っていた。ところが登記簿にはその記載がない。何かが消されている。

ここでようやく、依頼者が恐れていた“何か”の正体がうっすらと見えてきた気がした。

登記簿から消された一行

法務局で原本を精査したところ、過去に仮登記がされていた形跡が見つかった。しかし、それは正式な登記へとつながることなく取り下げられていた。仮登記の権利者の名前は、今回の依頼者とは異なる人物。彼の叔父の弟だった。

不自然な抹消理由。「取下げによる」としか書かれていない。まるで、すべてが帳消しになることを前提にしていたようだ。

裏の相続関係説明図

サトウさんが独自に作成した家系図を見て、ぼくは愕然とした。依頼者が「唯一の相続人」と主張していたが、実際は他にあと二人、法定相続人が存在していた。しかも一人は東京在住の認知症の高齢者、もう一人は消息不明。

これは司法書士の仕事の範囲を超えた問題に片足を突っ込んでいる。ぼくは背中にじっとり汗を感じた。

空家の中に残された登記識別情報

現地確認のため空家になった物件を訪ねると、開きっぱなしの棚の中に封筒が落ちていた。中には登記識別情報通知書と、一通の遺書めいたメモが挟まっていた。

「名義を変えるな。これは罪の家だ」と震えるような文字で書かれていた。やれやれ、、、これはもう完全に、サザエさんの世界じゃなく金田一少年の領域だ。

もう一人の相続人の存在

調査の末、東京にいた認知症の高齢者が生前、亡き叔父に土地の持分を譲渡していたことが判明した。しかし、それは正式な登記を経ておらず、今回の依頼者はそれを利用しようとしていた可能性が出てきた。

「もともと彼は相続人ではなかったんじゃ…?」サトウさんが静かに言う。「いや、正確には“なるつもりだった”人間ですね」とぼくは答えた。

仮登記の謎と終戦後の養子縁組

さらに調べると、戦後間もないころに養子縁組された記録が出てきた。しかし、それも本籍が記載されていない異例のもの。登記手続きを進めることで、誰かがその曖昧な家系図に便乗しようとしていたのだ。

まるで、ルパン三世のように法の網をすり抜けようとした痕跡がちらついていた。

市役所職員が口をつぐむ理由

役所での照会中、一人の古株職員が「その家は、ちょっと前にも誰かが問い合わせに来た」と漏らした。だがそれ以上は語ろうとせず、視線を泳がせた。何か公にはできない事情がありそうだった。

恐らく、地元の人間が関わっている。ここからは、ぼくとサトウさんの地道な推理戦になる。

法務局で見つけた見落としファイル

閉架書庫で、昭和の古い分筆計画書を偶然見つけた。その中に、現在の依頼物件が“代替地”として登記された記録があった。本来の持主が別にいたという証拠だ。

これにより、相続登記をすることで隠されていた不正が明るみに出ることになる。すべては、この瞬間のためだったのかもしれない。

サトウさんの「これって犯罪ですね」の一言

「不動産登記法違反、それに詐欺未遂ですね」サトウさんは冷静に言った。ぼくはため息をついた。「まさか、相続登記からこんな展開になるとはね。やれやれ、、、」

サザエさんで例えるなら、波平が突然ルパン三世になるようなものだ。誰も予測できない流れだ。

真犯人は登記を待っていた

すべての証拠がそろったとき、依頼者は再び事務所を訪れた。「進みましたか?」と軽く尋ねてきたその顔に、ぼくは真実を突きつけた。「あなたが相続する予定の土地には、もう一人の持ち主がいます。それもあなたが意図的に隠した人間です」

男の顔から血の気が引いた。彼は逮捕され、すべては終わった。

名義の向こうにあった罪と赦し

後日、連絡の取れなかった相続人の一人が見つかり、正式な手続きが取られることとなった。争いは避けられ、土地は法の下に穏やかに処理された。

ただ、それでも過去の傷は癒えない。登記簿は正確だが、人の心までは記せないのだ。

静かな解決とラジオ体操の朝

事件が解決した翌朝、近くの公園からラジオ体操の音が聞こえた。ぼくは缶コーヒー片手にサトウさんを見やった。「今日は静かに仕事したいな」

「それ、昨日も言ってましたよ」と塩対応が返ってきた。やれやれ、、、ぼくの仕事は、まだまだ終わらないらしい。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓