架空住所の資産家

架空住所の資産家

朝一番の固定資産税相談

サトウさんの冷ややかな一言

「朝から固定資産税の話か……胃が痛くなるな」
俺がそう呟くと、サトウさんはチラッと眼鏡越しにこちらを見た。
「司法書士の朝は早いんです。胃薬は引き出しの右です」と容赦ない。

納税通知書が届かない理由

相談者は中年の男性で、近所に小さなアパートを持っているという。
「税金の通知が来ないんですよ、何年も……ラッキーでしょ?」と冗談めかして言うが、笑える話ではない。
確認のため登記簿を閲覧すると、住所欄に見覚えのない地番が記載されていた。

嘘の住所が示す違和感

登記簿と現地のズレ

登記されている住所に向かったが、そこには空き地が広がっていた。
建物など影も形もない。郵便受けすら存在しないその土地には、長年人が足を踏み入れた形跡もなかった。
どうやら誰かがわざと「嘘の住所」で登記をしていたようだ。

地番と家屋番号のトリック

地番と家屋番号が一致していないケースは稀にある。
しかし、今回のように全く異なる番地に「住んでいる」とするのは明らかに不自然だった。
「これは“ルパンが予告状を送ると見せかけて別の美術館を狙う”タイプのやつですね」と、俺が呟くとサトウさんはため息をついた。

市役所職員との不協和音

誰も知らない住民

市役所で調査を進めると、誰もその住所に人が住んでいた記録がないという。
住民票も転入届も存在しない。
「税金を逃れるために、存在しない場所に住んでることにしてる人って……実際いるんですね」と、職員も呆れていた。

登記簿の中に潜む空白

「これは……元の所有者が死んだあと、誰かが書き換えた?」
登記簿には所有権移転の記録が曖昧で、原因欄が“贈与”となっていた。
だが、贈与契約書がどこにもない。これはなかなかの“空白地帯”だ。

固定資産税を払いたくない理由

元所有者と現所有者の断絶

「前の所有者とは知り合いでね、亡くなる前に“適当にやっといてくれ”って言われたんですよ」
依頼人の言葉に、俺は背中に嫌な汗を感じた。
固定資産税を払いたくないがための手段として、登記と住所の虚偽申告が使われていたのだ。

「やれやれ、、、」とため息をつくしかなかった

「登記ってのはね、書けばいいってもんじゃないんですよ」
俺はそう言って、ファイルを机にバサッと置いた。
やれやれ、、、どうして毎回こう、モヤモヤする仕事ばかり回ってくるんだろうか。

真実を暴く鍵は郵便受けに

二重に貼られた表札の謎

現地調査を続けていると、別の場所にある古びたアパートで妙なものを見つけた。
郵便受けに“依頼人の名前”の上に、他人の名前が上貼りされていたのだ。
「これって、ダブルブッキング?」と俺がボケると、「そうじゃなくて二重名義です」とサトウさんがすかさず返す。

誰が住んでいるのか

調べるうちに、そこには依頼人の弟が住んでいることが判明した。
登記簿上の名義人と実際の使用者が別。
意図的に複雑化された構造により、課税を逃れる算段だったのだ。

嘘をついたのは誰か

追い詰められた依頼人の告白

「弟が失業して住む場所がなかったんだ……。俺が代わりに手続きした。悪気はなかった」
そう語る依頼人の顔に、後悔の色がにじんでいた。
しかし“悪気はない”で済ませてよい話ではない。

サトウさんの推理が冴える

「そもそもこの“贈与”も書類不備です。後見制度支援信託の形にすればもっと透明でした」
サトウさんは一瞬のうちに解決策まで提示していた。
まったく、頭の回転が速すぎて俺の立場がない。

真実の住所と失われた信頼

脱税の代償と司法書士の役目

俺たちは適正な登記申請と納税手続の指導を行い、市役所にも経緯を報告した。
嘘の住所で逃げ切れる時代は、とうに終わっている。
その代償は、法と信頼をもって償われねばならない。

小さな嘘が生んだ大きな代償

住所一つの嘘が、固定資産税、登記、家族関係までもゆがめていく。
その結末を前に、依頼人は黙って納税に応じた。
俺は彼の背中を見送りながら、どこか寂しさを感じていた。

いつもの午後とサトウさんの冷たいお茶

次の依頼人が待っている

事務所に戻ると、サトウさんが無言で冷たい麦茶を差し出した。
「今度は相続放棄の相談だそうです」
……やれやれ、、、今日も終わらない司法書士稼業だ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓