封筒の中の嘘
朝、机の上に一通の封筒が置かれていた。差出人は市役所税務課、宛名は依頼人の名前。だがそれが今日の「事件」の始まりになるとは、昨日のうちにシュレッダーを詰まらせた自分に教えてやりたかった。
封筒は一見なんの変哲もない固定資産税の通知書。しかし依頼人の第一声がすべてを変えた。「シンドウ先生、これ、支払ったはずなんですが…また同じ額で届いてまして」。
固定資産税通知書の異変
奇妙な問い合わせの電話
「それ、どういう意味ですか?」と聞き返すと、依頼人は戸惑いながらも説明を始めた。先月納付した税額と全く同じ金額が、再び請求されているという。
「口座引き落としのはずなのに、封筒で届くのおかしいと思って」とのこと。確かに、引き落としに切り替えたと彼の申請書には記されていた。何かが妙だ。
「納付済なのに請求がきた」と依頼者
封筒を手に取ると、印刷は本物そっくり。けれど、市のロゴが微妙に滲んでいる。依頼者が持参した昨年分の本物と並べて見れば、見比べないと気づけない程度のズレ。
差し出し人欄の印刷が、市の正式な書式とはどこか異なっていた。まるでカツオが「宿題やったけど机に忘れた」と言い訳してるみたいな、不自然なリアル感。
サトウさんの冷静な視線
差出人印刷のズレに気づく
「これ、インクジェットですよ。市のはレーザー印刷です」とサトウさん。鋭いなと感心しつつ、内心では「こりゃ一枚取られたな」と自分の注意力のなさを呪った。
それに、通知書のフォントが違う。言われてみれば、ArialとMS明朝の違いくらいには分かる。まさかの自作通知書という可能性が、じわじわと現実味を帯びてきた。
役所の仕様とは微妙に違う用紙
紙の質感もややザラついている。サトウさんが「コピー機が古いのか、紙が安物か」とぼそっと呟いた。役所の印刷物ならありえない品質だ。
だがそれが、この通知書が偽造されたものである証拠なら、これはれっきとした詐欺事件だ。やれやれ、、、地味な事件ほど、裏が深い。
現場は登記簿ではなく郵便受け
封筒の糊付けと消印の矛盾
調査のため依頼人宅を訪れると、ポストに入っていた形跡のある封筒は「手渡し」のような綺麗さだった。そして何より、消印がない。つまり投函されたのではなく、誰かが直接入れた。
封筒の裏の糊付けも微妙に甘く、まるで市販の糊を使って貼り付けたような痕跡があった。公式文書にしてはずいぶんと不自然だ。
ポストの防犯カメラ映像
依頼人が設置していた玄関の防犯カメラには、夜中に怪しげな影が映っていた。マスクに帽子、真っ黒なパーカー。やる気満々の怪盗キッドかと突っ込みたくなった。
その人物は手早く封筒をポストに入れ、すぐに立ち去っていた。やはりこれは郵送されたものではなかった。つまり、通知書の正体は――偽造だ。
犯人は誰が得をするかで浮かぶ
相続人の中に借金を抱えた人物
依頼人の話を深掘りすると、実家の相続問題が未解決で、兄弟の一人が金に困っていることが分かった。「税金を支払わせたように見せて、返金させて抜き取る」――古典的だが効果的な詐欺だ。
実在の市役所口座を偽って印刷された紙面と、似たような形式の仮口座。詐欺師としては手慣れた仕事だが、司法書士の目はごまかせない。
税金支払を装い口座情報を盗む狙い
通知書には記載されている口座番号が実際の税務課のものと微妙に異なっていた。まるで銀行の偽サイトに誘導するような巧妙な仕掛けだ。
幸い、依頼人は怪しんで支払わず、司法書士のもとに相談してきた。が、それだけでは終われない。犯人を捕まえねば、他にも被害者が出るかもしれない。
最後のピースは「差出人のフリ」
送付元名義が使われた仕掛け
決定的だったのは、差出人名に「市役所税務課」と記されていたが、住所の番地が旧庁舎のものだったことだ。つまり、犯人は古い情報をもとに作成していた。
犯人は元市職員か、内部情報に詳しい者の可能性が高い。そこから特定は早かった。やがて、相続人の兄が浮かび上がり、事情を問い詰めると観念した。
静かに閉じる結末の封筒
司法書士が送ったのは「告発状」だった
僕はその夜、ひとつの封筒を郵便局に持ち込んだ。差出人は司法書士・進藤。宛先は地元警察署。中身は、件の兄の詐欺行為についての告発状だった。
そして封を閉じた瞬間、机の上のサトウさんがコーヒーを淹れてくれた。「シュレッダー詰まってるの、直しましたから」。どうやら、僕が活躍するときだけ優しいらしい。
やれやれ、、、次こそは平和な登記で終わってほしいものだ。