母の涙と消えた戸籍

母の涙と消えた戸籍

母の涙と消えた戸籍

はじまりは古い農家の電話から

「息子の名前が、戸籍から……消えてるんです」。
受話器の向こう、しわがれた声が泣き崩れる。サトウさんが冷静に対応しながらも、僕に目線を投げた。
ただの記載ミスにしては妙だ。経験則が、何か変だと警鐘を鳴らす。

サトウさんの冷静な応対

「はい、では除籍謄本と相続関係説明図をお持ちください。確認のうえで対応いたします」。
彼女の声は相変わらず感情を感じさせない。それが依頼人にはかえって安心感を与えるのか、通話はすんなり終わった。
僕は横でカップ焼きそばに湯を注いでいたが、ちょっと湯を入れすぎた。

依頼人は泣きじゃくる老女だった

「戸籍が、違うんです……あの子が……存在しないことになってるんです」。
机の前に座ったその女性は、青い割烹着に白髪のまとめ髪。典型的な農家の未亡人風だ。
手元の書類は、確かに不自然な空白がある。長男の名が……なかった。

戸籍謄本に映らない影

亡き長男の名が除籍謄本から抜けている。代襲相続のはずが、どこにも孫の名前すら記載がない。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
だが、母親の証言によれば彼は間違いなく長男で、妻と子もいた。何かがおかしい。

長男の死と代襲相続の壁

事故死だったという。若くして亡くなり、戸籍の手続きは親族任せだったようだ。
その際、なぜか「相続人不存在」として処理された形跡がある。
誰かが、何かを意図的に排除した。僕の背中に冷たい汗が流れる。

謎の抹消履歴と司法書士のうめき声

職権で抹消された履歴があった。つまり、誰かが申立をし、審査を経て除籍された可能性がある。
「なんでそんな面倒なことを……」
思わず愚痴が漏れたが、サトウさんがすぐに資料の山を持ってきた。「うっかりしてる時間はありませんよ」。

やれやれ、、、役所は今日も敵だ

役所に問い合わせても、「個人情報のためお答えできません」の一点張り。
情報開示請求と正当な職務上の理由を持ち出し、ようやく手に入れたのは10年前の申述書コピーだった。
そこに署名されていたのは……老女の次男の名前だった。

除籍謄本の違和感

さらに詳細を確認すると、長男の妻子がいた痕跡はどこにもなかった。
彼女たちは婚姻届も出生届も出していなかった。
「籍に入っていないなら、相続権は……」とサトウさんが眉をしかめた。

過去に消された一人の存在

長男の婚姻届が提出されていなかった。が、地方紙に載った死亡記事には確かに「妻と子を遺して」と書いてある。
もしかして、届出を出そうとして……誰かに止められたのではないか?
怪盗キッドのように、一枚の記録から全てを読み解くしかない。

証言と沈黙の狭間で

老女に再度問いかけた。「長男の奥さん、どんな方でしたか?」
沈黙のあと、小さな声で「……好きじゃなかったの。あの子があの人と結婚するの、反対だった」
その言葉で、僕は全てを悟った。

母が語らなかった十年前の夜

次男が申立をしたのも、母の頼みだったのだ。
長男が亡くなった直後、籍に入る前だった奥さんと子を「なかったこと」にしてしまえば、財産は母と次男で分けられる。
母は後悔していた。しかし、すでに全ては法の中で処理されていた。

戸籍に潜む名前のミスか故意か

法の盲点。制度の隙間。
悪意でなくとも、ひとつの「申立」によって人は記録から抹消されることがある。
「やれやれ、、、法というのは、人の感情にはまるで鈍感だ」

サトウさんの推理と弁護士の影

「でも、おかしいですね。死亡届は出されていたのに、婚姻届がないというのは不自然すぎます」
サトウさんが気づいたのは、提出されたはずの婚姻届が、窓口で受理されていなかったこと。
そこに関与したのが、当時の地元の弁護士だったという記録が見つかる。

遺産を狙う者と真相に辿る者

弁護士が仲裁に入り、「手続き不要」と口頭で説得したとされる記録があった。
「それでいいと思ったんでしょう、田舎の人は」とサトウさん。
しかし法的には、書かれなかった記録は存在しないのと同じだった。

涙の奥にあった最後の意思

僕らは、母にすすめた。遺言を書いて、今からでもできる範囲で救済を、と。
涙ながらに彼女は頷いた。「あの子の子にだけは、少しでも残してやりたい」
法律の網をくぐったあとでも、最後に人の意志が勝つこともある。

遺言書に綴られたほんとうの家族

遺言執行の準備を始めた僕は、彼女の手を握った。「大丈夫です。今度は僕が、消えた名前を取り戻します」
するとサトウさんが、ぼそり。「その前に、昼ごはんくらい食べてくださいよ。3日連続でカップ焼きそばって……」
やれやれ、、、胃袋には誰も味方してくれない。

母のためにシンドウができること

僕は、登記記録から何から洗いなおし、全てを整え直した。
自分の不器用さと、制度の冷たさの中で、唯一できるのは「記録すること」だ。
失われたつながりを、一行ずつ、静かに打ち直していく。

過去の登記を洗いなおす覚悟

「これが本当の登記簿です」そう言って手渡した書類に、母はしばらく涙を落とした。
サトウさんは、また無表情で事務所のカーテンを閉めた。
外では、鈴虫が鳴いていた。

解決そしてひとり焼肉へ

終わった。僕は夜風のなか、七輪を囲んでひとり焼肉を始めた。
ビール片手に、煙を見つめながら思う。「俺の仕事って、わりと、、、カッコいいじゃないか」
そこへサトウさんからのLINE。「カルビ、焦げてますよ」。やれやれ、、、。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓