証明書に眠る嘘
朝の一通の電話
「もしもし、司法書士のシンドウ先生ですか?実は急ぎで登記をお願いしたいんですけど……」
受話器越しの声は、どこか焦りを含んでいた。聞けば、土地の名義変更とのこと。
まぁ、朝から急ぎの話なんてろくなことがない、そう思いながら手元のスケジュールを眺めた。
登記申請のはずが本人確認が取れない
さっそく書類を受け取りに伺うと、依頼人は妙に目を逸らしてばかりだった。
印鑑証明と委任状がそろっている。しかし、何かが引っかかる。
「念のため、本人確認書類も見せていただけますか」と言ったとき、相手の顔がピクリと動いた。
サトウさんの一言に隠れた疑念
事務所に戻ると、サトウさんが黙って書類をチェックしていた。
「この印影、ちょっと太すぎません?」
その一言に、なぜか胸がざわついた。サトウさんの勘は、大抵当たる。
過去の印鑑証明との矛盾
旧登記簿と照合すると、確かに過去の印鑑証明とは微妙に印影が違っていた。
“訂正印”としては不自然な曲線。素人が見ればわからないが、長年の勘が告げる。
これは、誰かが“押したフリ”をしているのではないか。
亡くなったはずの依頼人?
念のため住基ネットで確認をかけた。すると――驚愕の事実。
依頼人本人は、すでに三年前に死亡していた。死亡届もしっかり受理されている。
では、この委任状と印鑑証明は一体……?
書類の筆跡が告げる真実
筆跡鑑定の専門家にサンプルを送った。帰ってきた結果は、「別人の可能性が高い」。
まさかとは思ったが、申請者は死亡した依頼人の弟。昔から“そっくり”と噂されていたらしい。
まるでルパンが銭形を騙すようなすり替えっぷりだ。
市役所の印鑑台で見た光景
サトウさんが「あたし、市役所行ってきます」と立ち上がったのは昼過ぎだった。
そして戻ってきた彼女が見せた写真。そこには、依頼人が使っていた印鑑が市役所の“見本台”に置かれていたのだ。
まさか、見本印影をスマホで撮影して偽造に使ったのか……?
夜の調査と古い登記簿
やれやれ、、、今日はもう帰ろうかと思っていた矢先だった。
古い登記簿をひっくり返していたら、どうも違和感のある書類を発見。
印影と筆跡の食い違いが数件前から見られる。これは組織的か?
不在者の届出がすべてを変えた
法務局の不在者情報にアクセスしたところ、依頼人の死亡後すぐに「不在者財産管理人」の選任申立が却下されていた。
理由は“所在不明で死亡確認ができなかった”というもの。
誰かが、死亡届を出す前に動き始めていたということだ。
犯人はなぜ偽造したのか
弟は、土地を担保に借金を背負っていた。
そして兄の名義の土地だけが、差押えを逃れる資産だった。
その土地を“兄が生きていた体”で売却し、金に替えようとしていたらしい。
サトウさんの冷静な推理
「つまり、“兄のふりをして本人確認を通して印鑑証明を偽造した”ってことですね」
サトウさんの声は、淡々としていた。
「まるで、コナンくんが黒ずくめの組織に対抗するみたいな話ですね」――いや、それは言い過ぎだ。
印影に宿った動機
犯罪の影は、わずかな“ズレ”に潜んでいた。
印影の太さ、押し方、そして筆圧。それらが物語ったのは、金に追い詰められた男の執念。
しかし司法書士として、私はそれを見逃すわけにはいかない。
真相は封筒の中にあった
役所から送られてきた封筒には、依頼人の“本物の”死亡届控えが入っていた。
それは三年前に出されていたが、何者かによって“握りつぶされて”いたのだ。
闇の中の小さな封筒が、すべての嘘を暴いた。
最後に押された印
結局、弟は罪を認めた。
偽造登記を未然に防いだ私は、登記の訂正と関係者への説明を終えたところでふと溜息をついた。
「やれやれ、、、また地味だけど面倒な事件だったな」
そして事務所にはまた朝が来る
カーテン越しに朝日が差し込み、事務所の空気がゆるく動いた。
机の上には、昨日の事件の書類が束になって残されている。
でも今日もまた、誰かの人生が書類一枚で左右される日になるだろう。