父ノ名義ハ眠ラナイ

父ノ名義ハ眠ラナイ

朝の来訪者と旧宅の謎

一通の相談メールから始まった

「父が亡くなった家の抵当権について、相談があります」
そう書かれたメールが届いたのは、朝一番。差出人は遠く離れた関西在住の女性だった。
一見、よくある相続登記の話に見えたが、添付された登記簿の写しに僕の眉はぴくりと動いた。

築四十年の平屋と見慣れぬ登記簿

問題の家は、昭和の香り漂う平屋だった。
だがその登記簿には、聞いたこともない金融機関による根抵当権がしっかりと残されている。
しかも抹消されておらず、住所変更もされていない。昭和のまま、時間が止まっていた。

抵当権の名残と亡父の影

誰がいつ借りたのか不明な根抵当権

通常、亡くなった人の不動産に残る抵当権には、何かしら手がかりがある。
だがこの案件は奇妙だった。借主の記載がなく、被担保債権も空欄に近い。
まるで、名義だけがそこに置き去りにされたようだった。

解除されぬままの謎の金融機関

金融機関の名は「栄光信用組合」。すでに平成の初めに合併され、存在していない。
合併先を追いかけても、この抵当権の記録は存在しないと突っぱねられた。
「やれやれ、、、この手の幽霊登記は、サザエさん家の三河屋くらいしつこいな」と僕はつぶやいた。

隠された金銭消費貸借契約

書庫から現れた古びた契約書

依頼人が実家の納屋を整理していると、一通の封筒を見つけたという。
中には黄ばんだ金銭消費貸借契約書。そこに記された日付は昭和57年。
保証人欄に、父とは別の名が記されていた。「田所誠一」——聞いたことのない名前だった。

保証人欄に刻まれたもう一人の名前

契約書によると、実際の借主は亡き父ではなく、その友人と思しき人物だった。
だが登記は父の名義で入っている。これは一種の「名義貸し」ではないか。
ならば、父は誰かの借金を自分の不動産で保証したことになる。

サトウさんの指摘と消えた支店

印影の違和感と合併の落とし穴

「この印影、統一書式じゃありませんね」
サトウさんが指差した登記原因証明情報の写しには、確かに古いゴム印の痕跡があった。
合併時に適切に移行されなかった旧支店の記録。その支店は、バブル崩壊とともに消滅していた。

やれやれ、、、紙一枚でここまで面倒とは

抹消するためには、後継銀行からの承諾書が必要。
それにはまず、消滅支店の記録を復元し、法的な継承関係を証明しなければならない。
僕は思わず天を仰いだ。「やれやれ、、、紙一枚でここまで面倒とは」

第三者の登場と相続登記の落とし穴

兄の名を騙る不審な依頼人

抹消の手続きに入る直前、突然別の男性が登場した。
「その家は俺のもんだ」と主張し、実印らしき印鑑証明を出してきた。
依頼人の話によれば、その人物は10年以上音信不通だった兄だという。

相続放棄と確定判決の不一致

不審に思った僕は、すぐに家庭裁判所に照会をかけた。
すると、その兄はすでに相続放棄しており、記録も確定していた。
つまり、現れたその男は——成りすましだったのだ。

物件調査と意外な転居理由

登記簿にない居住者の証言

現地調査で訪れた旧宅には、誰も住んでいないはずだった。
だが、隣家の老人が言った。「あの人、息子に家を取られたって言ってたよ」
それが、亡き父が名義を貸した理由の一端かもしれない。

町内会長が語る父の「もう一つの顔」

町内会長の話によれば、父はかつて何人もの地元の若者にお金を貸していたらしい。
中には家を担保に差し出す者もいたという。
「優しすぎたのさ、あんたの父さんは」。それがすべての根っこだった。

終章直前の事務所会議

法務局に残された謎の記録簿

サトウさんが法務局の古記録閲覧で見つけた一冊のバインダー。
そこには、合併直前の「栄光信用組合 西支店」最後の抹消記録があった。
件の抵当権と一致する登記簿番号。やっと、糸が繋がった。

父が遺した最後の署名

その記録の末尾に、父の署名があった。
「田所の借金は終わった。すべて私が責任を負った」と走り書きされていた。
それは、法的効力はないが、父の心情を語るには十分すぎる証拠だった。

静かな結末と家の未来

抵当権抹消と一通の手紙

全ての書類が整い、抹消登記は静かに完了した。
その日、依頼人は小さな手紙を僕に手渡した。父の遺品から見つけたものだという。
「もしも僕がいなくなったら、代わりにこれを届けてほしい」と綴られていた。

帰り道に見上げた青い空

事務所への帰り道、僕はいつになく遠回りをした。
青空が広がっていた。手に残るのは、一本の古びたシャープペンシル。
たぶん、父と同じように、僕も誰かの名義を背負ってるのかもしれない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓