仮登記簿に消えた所有者

仮登記簿に消えた所有者

第一の違和感

午前九時の電話

「所有者がいないんです」と、電話の向こうで男が言った。
朝のコーヒーに口をつける暇もなく、俺は受話器を握ったまま、メモ帳を探した。
そんな朝はだいたい、ろくな一日にならない。

空欄だらけの登記簿

FAXで送られてきた登記簿を見た瞬間、サザエさんのカツオがテストの答案を隠すシーンが脳裏をよぎった。
「所有者欄が空欄?いや、ありえないだろ……」
これはただのミスか、それとも意図的な改ざんか。俺の眉間にしわが寄った。

サトウさんの鋭い一言

「この申請、日付が1年ズレてますね」
無表情でモニターを指差すサトウさん。さすがだ。俺が3分悩んで見落とした点を、3秒で見抜く。
塩対応ながらも、彼女の分析はいつも的確だった。

依頼人の素性

急ぎの登記申請依頼

依頼人は初老の男性。小さな印鑑ケースを握りしめ、俺の事務所に現れた。
「至急お願いしたいんです。事情は……まあ、複雑でして」
目を泳がせるその様子に、俺の第六感が鈍くざわついた。

名義人の失踪

依頼された土地は、現在空き地。表向きは遺産相続による名義変更の予定だった。
だが、名義人である女性は既に3年前から消息不明だという。
「失踪届も出していない」と聞いた時、俺は背筋を伸ばした。

過去の登記との食い違い

過去の登記簿を丹念に洗っていくと、5年前に仮登記が入っていた。
しかも、その登記原因が「代物弁済」となっている。これは、単なる遺産分割ではない。
何かが隠されている。そう確信した。

消えた所有権

仮登記の裏に潜む影

仮登記の根拠となる契約書を依頼人が持っているという。
しかし、それはコピーで、原本の所在は不明だった。
「原本は焼けた家の中に……」とつぶやいた依頼人の声が、妙に芝居がかっていたのが気になった。

売買契約書の矛盾

「代物弁済」による所有権移転にしては、売買契約書の体裁が整いすぎている。
金額も、土地の相場と乖離しており、不自然だった。
まるで、帳尻合わせのように整えられた契約に、俺の手が止まる。

地元の噂話

法務局帰りに立ち寄った喫茶店で、偶然聞いた噂話。
「ほら、あの空き地の人?あの人、夜逃げしたって話よ」
素人の井戸端会議ほど、核心を突くことがある。それがこの世界だ。

真実への糸口

登記原因の空白

仮登記の直後、本登記に移行するはずの登記が、なぜかそのままになっていた。
理由は簡単だった。相手方の署名押印がなかったのだ。
つまり、真の契約は存在しなかったということだ。

旧所有者の証言

ようやく連絡の取れた旧所有者の親族が語った。
「あの土地、売った覚えなんかありませんよ。借金の担保にされたのは知ってるけど」
これで決定的だった。仮登記は虚偽だった。

サトウさんの調査力

「シンドウさん、これ裁判記録に残ってました」
俺の机にそっと置かれた一枚の判決文。そこには仮登記の元となった契約が無効とされた記録が。
サトウさん、あなたはやっぱり探偵に向いてるよ。

解決とその代償

登記簿が語る過去

すべての資料をそろえて依頼人に告げた。
「この仮登記は無効です。申し訳ないですが、申請はできません」
依頼人は一瞬何か言いたげだったが、黙って頭を下げて帰っていった。

最後の確認事項

俺は念のため、もう一度登記簿を見直した。
この仕事、細部の確認を怠ると痛い目を見る。
今回のように、登記簿の“空白”こそが真実を語ることもある。

やれやれの一件落着

「サトウさん、今日の分終わったらラーメンでもどうだ?」
「一人でどうぞ。私はヨガ行きますので」
やれやれ、、、また一人で夜の街を歩くしかないようだ。だが、この静けさも悪くない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓