執行人の部屋に咲いた嘘

執行人の部屋に咲いた嘘

朝一番の来訪者

その日、雨がしとしとと降っていた。事務所のドアが開く音とともに、古びた黒い傘をたたむ音が聞こえた。背筋の伸びた女性が一枚の書類を握りしめていた。

「母が亡くなりまして、遺言書があるのですが……執行人に指名されていたのは先生です」と、少し震えた声。予定していた雑務はすべて後回しになった。

旧家の女当主が残した謎

女性の母親は町でも名の知れた旧家の当主だった。土地も建物も数多く、相続には骨が折れそうだったが、問題はそこではなかった。

遺言書には「書斎の金庫に封入した“手紙”をすべての始まりとする」と記されていたのだ。シンドウの肩が重くなった。

遺言とひとつの鍵

金庫は事務所に運ばれ、シンドウの手で開錠された。中にはもう一通、手書きの遺言と、一本の鍵。そして“ある場所”の見取り図が入っていた。

その図面が示していたのは、屋敷の一室——「使われていない」とされた部屋だった。そこに何があるのか、誰もが知っているようで知らなかった。

封筒の中の指示書

「サザエさんの押し入れに隠した波平の預金通帳かよ」と、思わず口にしてしまった。サトウさんが冷ややかに見つめてくる。「……例えが古いです」

封筒の中には、家族への細かな配分指示よりも、「隠し事を暴く」ことに重点を置いた記述があった。遺産よりも“嘘”の方が重たいようだった。

サトウさんの一言が刺さる

部屋の図面を眺めていたサトウさんが、小さく首をかしげた。「これ、本当に“書斎”の位置なんですか?」と言った。

確かに不自然だった。方角がずれている。シンドウは首をひねったが、図面に間違いがあるとは思えない。もしかして、この図面自体が暗号……?

「それ、矛盾してますね」

「“書斎の金庫”って、昨日の内見で“空室”だった部屋にありましたよね?」とサトウさん。彼女の観察力は鋭かった。

矛盾している。書斎はすでに空だったはず。なのに金庫があった? 遺言書の文言と現実が食い違っている。これは、何かを隠すための仕掛けではないか。

使われていない部屋の図面

図面が示すもう一つの部屋。屋敷の裏手、使われていない納戸のような場所だった。鍵を回すと、重い音を立てて扉が開いた。

中はまるで時間が止まっていた。古い書物、写真、そして封のされた書類たち。その奥に、小さな金庫がもうひとつ鎮座していた。

書斎にはなかったはずの金庫

この金庫が本命だとシンドウは確信した。中には第二の遺言書、そしてひとつの音声レコーダー。再生ボタンを押すと、老女の声が流れ出す。

「この家族に真実を託します。私は……」言葉は途中で切れていたが、それだけで何かが伝わってくる。やれやれ、、、また厄介なことになってきた。

親族会議は不穏な空気

再度開かれた遺言開示の席。親族の誰もが顔をこわばらせていた。遺言が“2通”あったこと、そして“古い金庫”の存在は、明らかに彼らにとって不都合だった。

「この遺言、偽物じゃないのか」と言い出す者もいたが、筆跡鑑定も済み、内容に矛盾はなかった。嘘をついていたのは、どうやら遺された側だった。

誰が何を知っているのか

「本当は、母が遺産を分けないつもりだったこと、皆知ってたんですよね」とサトウさん。親族たちは黙っていたが、その沈黙がすべてを物語っていた。

遺産は欲しい。だが、過去を暴かれるのは都合が悪い。そういう雰囲気が、部屋全体を包み込んでいた。

司法書士シンドウの憂鬱

正直、こういう人間のドロドロは苦手だ。書類の処理は好きだが、感情の処理までは仕事じゃない。だがそれでも、執行人に指名された以上、やるしかない。

「やれやれ、、、俺は刑事コロンボじゃないんだけどな」とため息まじりに呟くと、サトウさんが一言、「いっそ“ルパン三世”になればどうですか?」と突き刺す。

「こんな遺言、執行したくないよ、、、」

「でもやるんでしょ?」と彼女。……まったく、その通りだった。やるしかないのだ。遺言執行人は孤独で報われない。

だが、それでも最後までやり遂げるのが、司法書士シンドウの務めだった。

隠された遺産の在処

第二の遺言書には、ある財団に遺産を寄付する旨が書かれていた。その意志を知りながらも、隠していた者がいた。それは長男だった。

「母さんは最後まで俺たちを試してたんだな」とポツリと言った長男の目に、悔しさとも納得ともつかぬ光が宿っていた。

金庫の中にあった第二の遺言書

それは法的に有効なものだった。遺産は家族には渡らず、社会のために使われることになった。皮肉なようで、それが一番の救いだったのかもしれない。

静かに、事務所に戻る。椅子に腰かけて天井を見上げた。やれやれ、、、これで少しは落ち着ける、と思ったら、次の来客がノックを鳴らした。

シンドウのうっかりが突破口に

ふと机の上の書類をひっくり返した拍子に、図面の裏にもう一枚、別の文書が貼り付けられていた。どうやら誰も気づかなかったようだ。

そこには、第三の遺言書に関する指示が。……って、おいおい、終わってなかったのか。やれやれ、、、

間違えて押した電気のスイッチ

ついでに押した電気スイッチで、隠し戸棚が開いた。まるでルパン三世のアジトみたいな仕掛けだった。おばあさん、どこまで準備してたんだよ……

サトウさんが静かに笑った。「先生、これで四通目が出てきたら、笑いますよ?」それはフラグというやつであって……いや、やめてくれ。

最後の執行と沈黙の決着

最終的に、すべての遺言書を精査し、もっとも新しい日付のものが有効と認定された。親族は落胆したが、受け入れるしかなかった。

正義とは、善とは、などと語るつもりはない。ただ、役割を果たすこと。それが司法書士の仕事だと、改めて思い知った。

執行人が見た家族の裏の顔

その夜、ひとり事務所で缶コーヒーを開ける。「やれやれ、、、家族ってやつは、他人より複雑だな」と呟いた。静かに、机にうつ伏せた。

明日もまた、何かが待っている。今度は殺人とか起こらなければいいんだが……。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓