静かなる復讐と司法書士の見落とし

静かなる復讐と司法書士の見落とし

登記簿に潜んだ違和感

「前の夫の名義が残ってるのがどうしても気になるんです」 そう言った依頼人の目はどこか硬く、しかし穏やかだった。離婚後も住み続けている家の名義を自分のものにしたい——ごく普通の相談だ。だが、その視線の奥に何か別のものを感じたのは気のせいだろうか。

依頼人は元夫の名義を気にしていた

話を聞けば、離婚時の財産分与の約束で、名義変更は済ませるはずだったという。だが、元夫はその後音信不通。依頼人の声には、怒りというより深い諦めのような色があった。 「今さらですが、きちんとしておきたくて」 うん、きちんと。だが、登記を整えることが本当の目的なのだろうか。

サトウさんの眉がぴくりと動いた理由

話を横で聞いていたサトウさんが、ふと眉を動かしたのを見逃さなかった。彼女は無言で資料をチェックし始めた。 あの眉の動きが出るときは、たいてい「何かある」。前にも「この相続人、絶対偽名ですよ」と言って本当に警察沙汰になったことがある。サザエさんで言うなら、波平がマスオに小言を言うときの「ん?」のトーンだ。

静かなる女の復讐劇

登記原因は財産分与とする予定。書類の内容は問題なし、依頼人も真面目そうで、何の不審もないはずだった。だが、サトウさんは首をひねる。 「この離婚協議書、日付が妙にずれてます。離婚は去年なのに、協議書の日付は今年の頭です」 そんなことはよくある。でも彼女が言うと、気にせざるを得ない。

登記申請書に隠された意図

協議書を見返すと、確かに妙だ。書式は整っているが、書き慣れている人の手による印象を受ける。もしかしてこの書類、誰か別の司法書士が下書きしたのか? さらに気になるのは、物件の評価額よりはるかに高い金額が書かれている補償条項。これは明らかに過剰な記載だ。

離婚届と登記のタイミングがずれていた

市役所に確認を取ると、離婚届の受理は一年以上前。しかし、協議書の作成日は今年になっていた。しかも、その直後に元夫は失踪届を出されていた。 …順番が逆だ。まるで、登記の準備をしてから失踪届を出したように見える。

過去の登記記録に潜む謎

登記記録を洗い直すと、奇妙なパターンが見えてきた。 元夫の名義で取得された物件は、過去にも別件で差し押さえ寸前になっていた。にもかかわらず、登記原因には一切その経緯が出ていない。 また、同じ筆界の隣地でも、所有者が急に変わった記録があり、それもまた気になる。

権利部の甲区が語る物語

甲区欄の記録は正しいように見えたが、一度閉鎖された登記簿には古い名義変更の記録が残っていた。 旧姓が現在の依頼人のものと一致する。つまり、この物件は最初から依頼人の父の所有であり、婚姻に際して元夫に名義を移していたのだ。 それが離婚後、再び自分のもとに戻るという形。名義の往復。復讐の円。

乙区欄の記載ミスが呼ぶ疑念

担保設定の記録を見ると、一件だけ「登記原因」が記載漏れしているものがあった。 サトウさんが言う。「これ、たぶんわざとです」 もしこれが裁判に持ち込まれたら、過去の契約の不備を突かれて、元夫は不利になる可能性が高い。

サトウさんの推理が光る

「この人、登記じゃなくて“記録”で復讐しようとしてます」 サトウさんの推理はこうだった。名義を正当に戻したように見せかけて、過去の記録から元夫の経歴を浮き彫りにする。 そうすれば金融機関や雇用主にも悪影響を与えられる——法律上は何も違反していない。ただ、恐ろしく冷静だ。

彼女が見つけた本当の名義人

登記簿を精査する中で、ある時期だけ仮登記が入っていたことがわかった。それは依頼人の母の名だった。 つまり、依頼人は母からの遺産としてこの物件を相続すべき立場にあった。しかし婚姻を機に名義を譲っていた。それが全ての発端だ。 「やれやれ、、、名義ってやつは人の人生を映す鏡か」つい、口をついて出た。

復讐の動機と仕掛け

依頼人は感情を見せなかった。むしろ淡々としていた。 「別に困らせたいわけじゃないんです。ただ、記録に残したいだけです」 彼女はこの物件を取り戻すことで、過去の裏切りに終止符を打とうとしていた。復讐とは、怒りではなく、記録に残す冷静な作業だった。

名義変更で夫を追い詰める方法

名義が戻ったことで、元夫はただの同居人となる。居住権を主張することも難しい。 サトウさんはボソリと、「まるでキャッツアイのようですね、証拠を残さず全部奪っていく」 復讐は完了した。無言のまま、でも確実に。

書類上の復讐が現実に変わるとき

登記完了の通知を出した直後、元夫から突然の連絡が来た。「勝手に名義を変えるな」と。 だが、協議書と手続きは完璧。訴えようにも勝ち目はない。 依頼人は一言、「もう連絡しないで」とだけ言ったという。

シンドウの逆転一手

私は念のため、内容証明で一文を添えた。「今後、同様の連絡は全て代理人を通して」と。 これで元夫は彼女に接触できない。書類一枚で、人生の線引きが完了する。 人の想いってのは、紙の上にも残るものなんだな。

登記を止めた一通の内容証明

あの一通が届いてから、依頼人は晴れ晴れとした顔で「これで本当に終わった気がします」と言った。 登記の仕事は、ただの手続きでありながら、誰かの人生の節目に立ち会うものでもある。 その重みを、今日は少し感じた。

調停から真相が浮かび上がる

後日、調停の報告が届いた。元夫は法的措置を断念したという。 「証拠が完璧すぎて何もできない」と代理人が漏らしたらしい。 …復讐とは、暴力ではなく法的完璧さでなされるもの。妙に納得してしまった。

事件の裏に潜んだ過去

戸籍や登記に残る情報のすべてが、復讐の伏線だった。 彼女はそれを読み解く力を持っていたし、それを使うことを選んだ。 司法書士として、その覚悟を見抜けなかった自分が少し恥ずかしい。

暴力と不倫と仮登記

後から聞いた話だが、元夫は借金と不倫を重ねていたという。 彼女が家を守るために仮登記を入れていたのも、そのためだった。 やっぱり見逃せない記録には、理由がある。

女の静かな決意

「何も壊さず、誰も傷つけず、でも全部終わらせる」 それが依頼人のやり方だった。 派手さはないが、その静かな怒りは、何よりも強く感じられた。

解決のあとで

事務所に戻っても、しばらく胸の中がざわついていた。 私はこういう仕事に慣れているつもりだったが、今日は少し違った。 人の人生の節目に触れた気がしたからかもしれない。

依頼人の涙と沈黙

登記完了の連絡をしたとき、電話の向こうで彼女は泣いていた。 でも言葉はなかった。ただ、「ありがとうございました」とだけ。 それが逆に、胸に刺さった。

サトウさんの一言に救われた夜

「シンドウ先生、少しは役に立ちましたね」 いつも通りの塩対応。でもそれで、救われた気がした。 やれやれ、、、こっちは感傷に浸る暇もないらしい。

日常へと戻る事務所

次の相談は、亡くなった父の相続登記。 サトウさんはすでに資料をまとめていた。 「次も波乱ありそうですよ」と彼女は笑った。

次の相談は相続登記

戸籍を見れば、また何かありそうな匂いがする。 この仕事、やっぱりやめられない。いや、やめられないのか。 司法書士は、静かな記録の探偵なのだ。

コーヒーの香りと静かな午後

窓の外で蝉が鳴いている。 私は、ぬるくなったコーヒーを飲み干しながら、次の書類に目を通した。 日常という名の、別の事件が始まろうとしていた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓