登記簿の端に浮かんだ違和感
事務所のFAXから、いつものように申請書の束が届いた。だが、名前を見た瞬間、思わず目を細めた。
「シンドウタツヤ」──それは、まさに俺の名前だった。
同姓同名なんて珍しくもないが、登記申請に来るとは珍しい。
同じ名前の別人から届いた依頼
依頼内容は、古い家屋の相続登記。添付された委任状も印鑑証明も問題なさそうに見える。
だが、どうしても引っかかる。「自分の名前を使って、誰かが何かを隠している」──そんな直感があった。
その直感は、元野球部の勘なのか、単なる疑り深さか。
サトウさんの冷静な一言
「同姓同名でも、これ顔違いません?」と、サトウさんが提出書類の写真を指差す。
たしかに、免許証の写真は、俺とは似ても似つかない顔がこちらを睨んでいた。
「やれやれ、、、」と思わず独り言が漏れる。
忙しい日常に潜んでいた謎の種
連日相続の依頼が続き、寝不足気味の俺には、違和感に気づく余裕もなかった。
だが、この件だけは別だ。自分の名前を使われるというのは、妙に気分が悪い。
何かが、ズレている。そんな予感だけが膨らんでいった。
住所も一致した依頼書の奇妙
書類を読み込むと、申請された住所が、俺が数年前に一度だけ借りていたアパートと一致していた。
そんな偶然、あるだろうか? それとも、俺の過去を知っている誰かの仕業なのか?
嫌な予感が首筋をなでる。
やれやれ面倒な気配しかしない
「どうするんです? これ」とサトウさんがぶっきらぼうに聞いてくる。
「ちょっと調べてみるよ」としか答えられない。
やれやれ、、、どこまでも面倒な話に巻き込まれてしまった。
本人確認と印鑑証明の落とし穴
念のため、区役所にも照会をかけた。結果はすぐに返ってきた。
なんと、印鑑証明も委任状も、偽造ではなかった。正規の手続きで取得されたものだった。
だが、それがますます気味が悪い。
写真と実物が違う気がした理由
提出された本人確認書類の写真と、俺の顔が違うのは当然だ。だが、役所はそれをスルーしていた。
つまり、書類だけで通ってしまったということ。
司法書士という立場でも、完全には本人確認できない現実がそこにあった。
本人確認書類が二通届く異常
その翌日、また同じ「シンドウタツヤ」からの依頼が届いた。今度は別の物件だ。
提出書類には、また別の顔写真が貼られていた。
完全におかしい。この街に、俺と同じ名前の偽物が複数いる──?
法務局との照合で深まる疑惑
法務局の知り合いに無理を言って調べてもらうと、似たような登記申請が他にも複数確認された。
すべて「シンドウタツヤ」の名前で、各地の不動産に関するものだった。
これは、単なる偶然ではない。明らかに「何者かの意図」がある。
登録情報の不自然な履歴変更
一件だけ、以前別の名前で登録されていた物件が、「シンドウタツヤ」の名義に変わっていた。
その変更履歴は、正規に申請されているが、過去の所有者は所在不明。
誰かが「俺の名前」を使って、不動産を手に入れている可能性がある。
サトウさんが気づいた通名の可能性
「これ、通名かもですね」とサトウさんが言った。
一部の偽装申請では、正規の身分を乗っ取って通名で申請するケースがあるらしい。
なるほど、登記簿というのは”正しい名前”である限り、真実を映してくれるとは限らない。
過去の登記記録に潜む影
さらに調査を進めると、10年前に俺が補助で手伝った相続案件に、同じ筆跡の委任状が出てきた。
あの時は不審には思わなかったが、今見ると似すぎている。
犯人は、俺の仕事を知っている人物──それもかなり近いところにいる。
事件の鍵は十年前の相続登記
登記申請者は、すでに死亡していた人物の名を使って書類を通していた。
そして、今回と同じく「シンドウタツヤ」が名義を継いでいた。
完全に計画的だ。10年前から仕込まれた長期的な詐欺。
消された戸籍ともう一つの判子
戸籍謄本をたどると、すでに削除された謄本に「もう一人のシンドウタツヤ」の記録が存在した。
彼は、戦後すぐに生まれ、20代で失踪していた人物だ。
その情報を利用した、現代の登記詐欺。恐ろしいほど巧妙だった。
思い出す高校野球の相手の名前
ふと記憶の底から、かつて甲子園予選で対戦した捕手の名が浮かんだ。
彼も「シンドウ」だった。フルネームは、、、そう、「シンドウタツヤ」。
あいつだ。まさか、今になってこんな形で出てくるとは。
同姓同名の因縁が今ここに
調べると、あいつも地元に戻り、司法関係の下請け仕事をしていたらしい。
だが、数年前に消息不明になっていた。
そのタイミングと、詐欺事件の始まりが一致していた。
まさかあいつが今ここに絡んでるとは
「元野球部同士、変なところで縁があるもんですね」とサトウさん。
やれやれ、、、グローブを握ってた頃には想像もできなかった未来だ。
まさか、登記簿で再戦することになるとは。
対峙する二人のシンドウ
そしてある日、偽者が事務所に現れた。「相談したいことがあって」と言って。
顔を見た瞬間に確信した。あれは、あの捕手だ。
「久しぶりだな」とだけ、静かに言った。
登記簿上の存在を消す計画
彼は、自分の存在を”正当な存在”に作り直すため、俺の名前を利用した。
その計画は、登記制度の隙を突く形で成り立っていた。
だが、そこに情はなかった。むしろ冷たさだけがあった。
サトウさんの推理が全てを暴く
「この人、偽名で数件登記通してます。照会済みです」とサトウさんが言った。
冷静な口調だが、その指先は真実をついていた。
偽者は言葉を失い、うつむいた。
警察が動いた日
事情をすべて説明し、証拠書類を揃え、警察に提出した。
詐欺罪、私文書偽造、そして登記妨害。罪状は重い。
登記制度を信じていたからこそ、許されない犯罪だった。
虚偽登記となりすましの罪
数日後、新聞に「登記簿乗っ取り事件」として報道された。
「シンドウタツヤ」という名前が並んでいたが、それはもう俺だけのものじゃなかった。
だが、それでも、俺は俺であると胸を張って言える。
元野球部の勘が役に立った瞬間
「あの時の配球が間違ってなければ、、、」そんな昔話を思い出した。
勝負勘というのは、野球だけじゃなく人生でも必要らしい。
少なくとも今回は、それが正解だった。
日常へと戻る司法書士事務所
事件が終わり、また静かな事務所に戻った。
だが、事件の爪痕は思ったより深い。
それでも、今日も登記は続く。
サトウさんの一言が胸に刺さる
「次は”タカシ”とかにしてくださいよ、名前」と冗談交じりにサトウさんが言う。
それでも俺は、「名前ってのは、自分だけのものじゃないのかもな」と返した。
二人とも、少しだけ笑った。
今日もまた面倒は尽きない
書類の山に囲まれ、次の登記申請に取りかかる。
やれやれ、、、同姓同名の事件は終わっても、司法書士の仕事に終わりはない。
それが、俺の人生だ。