事件の朝は突然に
雨音と一通の封書
朝から土砂降りだった。机の上にぽつんと置かれた封筒は、まるで郵便受けの中で泣いていたように湿っていた。「管理組合」と朱字のスタンプが押されているのが見えた瞬間、嫌な予感がした。
読まずとも分かる。これは、トラブルの匂いがする。休日明けの朝っぱらから、こういう手紙を受け取ると、寿命が3日縮む気がするのは俺だけだろうか。
封を開けると、中には一枚の通知と、建物の区分所有に関する登記簿の写しが入っていた。
管理組合からの不穏な依頼
「登記簿の内容が現実と違っていて、理事長も困っているんです」と手紙にはあった。添付された図面を見ると、確かに奇妙な点がある。
存在しないはずの「301号室」が登記簿にはしっかりと記載されていた。そしてその名義人は、聞いたこともない人物。居住履歴もない。なのに、毎年管理費だけはしっかりと振り込まれているという。
こういうのをサザエさんで例えるなら、「カツオが知らない隣人を見たけど誰も信じてくれない」みたいな話だろうか。
区分所有建物の落とし穴
「専有部分」と「共用部分」の境界線
区分所有法はややこしい。専有部分と共用部分の境界なんて、図面で見ても現場では違って見えることがある。
そして登記上の「区画」と、実際の建物の「部屋番号」が一致していないこともしばしば。だから現場を知らない登記簿だけでは、真実にたどり着けない。
シロウトが読んだら、まるで推理小説の犯人のアリバイトリックを読み解くような気分になるに違いない。
不思議な登記簿の記載
問題の301号室は、昭和の終わりごろに分譲された際に「予定区画」として登記されていたようだ。だが、実際には建築上の都合で作られず、そのスペースは廊下として処理されていた。
それなのに登記はそのまま残り、名義変更もされず、所有者は長年変わっていない。しかも住所は転送不可。
幽霊所有者。まるでルパン三世が姿を変えて隠れ住んでるみたいなものだ。
姿を消した男の謎
名義上の所有者はどこへ
登記名義人は「秋月孝一」。しかし住民基本台帳には記録なし。納税も不明。関係各所に照会をかけても、該当者なし。
何かが噛み合っていない。サトウさんが静かに言った。「それ、本当に存在した人ですか?」
俺は返す。「存在してない人が毎年管理費払うかね?」
住人たちの食い違う証言
住民に話を聞くと、「昔、あそこは物置だった」と言う者もいれば、「見取り図に301はなかった」と言う者もいた。誰もがあやふやな記憶の中で語る。
一人だけ、「夜中に301のドアが開いた音を聞いたことがある」と言った老人がいた。…いや、怖いからやめてくれ。
「やれやれ、、、また幽霊登記かよ」と思わず口に出してしまった。サトウさんは冷たく言う。「事実は幽霊より厄介ですよ」
図面が語るもう一つの真実
古い建物図面の異常
建築当初の平面図を法務局で確認した。確かに、最初の設計には301があった。しかし完成図にはない。その部屋は工事中に非常階段に変更されたようだ。
つまり、登記だけが取り残されたというわけか。
この種の食い違いは、戦後すぐの雑な設計にも似ている。まるで探偵アニメの犯人が「誰も入れない密室」を演出するかのような仕掛けだ。
「ない部屋」に届いた郵便物
それでも、管理人曰く「ときどき郵便が届く」と言う。その郵便物は、宛先不明で戻されることもなく、どこかへ消える。
郵便局で調べても配達記録は曖昧。誰かが定期的に受け取っている可能性がある。だが、誰だ?
現実の方が、マンガよりも不気味で不可解だ。
シンドウのうっかり調査
別事件の書類と取り違える
ここで俺の真骨頂。まったく別の抵当権抹消の案件の図面を見ながら301号室を考えていたのだ。結果、間違った区画を調査して時間を無駄にした。
「シンドウさん、番号が違います」と言われた時の気まずさといったら。元野球部のクセにサインミスだらけのキャッチャーかよ、俺は。
とはいえ、失敗から学ぶのが俺のやり方だ。
サトウさんの冷たい視線
「確認、ちゃんとしましたか?」と静かに言われると、心の温度が2度下がる気がする。
でも、そういう時ほど妙案が生まれるのも事実。おれは過去の登記簿閉鎖記録に目を向けた。
そこには、長年誰も気付かなかった真実があった。
やれやれ、、、また謎か
「権利証が見つからない」との連絡
管理組合から、「301の権利証がどこにもない」との報告が入る。これは登記が動かせない、厄介な状態。
仮に所有者が死亡していても、相続登記がされていない限り、勝手に処理はできない。
やれやれ、、、こんな部屋ひとつで、どれだけ振り回されるんだか。
土地家屋調査士との連携
境界確定の現地調査
信頼できる調査士に依頼し、現地確認。結果、301号室の空間は実際には非常階段とメーターボックスで占められていた。
部屋どころか、立ち入ることすらできない空間だった。
登記が、現実に存在しないものを語っていたという事実は、いつもながら奇妙だ。
地番と部屋番号の意外なズレ
さらに調査すると、隣接する部屋との地番が微妙にズレており、301号室の権利は隣室の一部に食い込む形になっていた。
つまり、誰かが気付かぬうちに「他人の空間」を使っていたことになる。
住んでいる人すら気付いていなかった権利の錯綜。これは登記ならではのミステリーだ。
消えた男の正体
実在しない所有者の謎
登記簿の「秋月孝一」は、実在しない人物だった。分譲業者が仮登記のまま放置し、別名義で売却。その仮登記が本登記になってしまった可能性がある。
これは業者による杜撰な処理であり、今では誰も責任を取れない。
過去の無責任が、今の謎を生んでいるのだ。
他人名義で登記された意図
当時の名義人は、実際には販売会社の社員だったようだ。名義貸しとして仮に立てられたまま、売却せず、建築プランが変更されて空間ごと消えた。
なのに登記だけが、まるで失われた部屋の霊のように残っていた。
記録は消えずに、静かに息をしていた。
司法書士の逆転劇
閉鎖登記簿から導く解答
俺は過去の閉鎖登記簿から、当時の売主と名義変更の痕跡を確認。実在する前所有者の相続人を見つけ出す手がかりを発見。
そこから戸籍をたどり、やっと301号室の「法定相続人」が判明した。
この瞬間だけは、名探偵のような気分になれる。
「持分1分の0」の意味
驚いたことに、301号室は共用部分に誤って専有登記されていた。そのため、持分の修正と滅失登記の手続きが必要だった。
まるで「誰にも属さない部屋」が登記だけで存在していたのだ。
ようやく、この奇妙な謎に終止符を打てる。
解決とその後
区画の真実と人間模様
301号室は正式に「不存在登記」として抹消され、共用廊下として整理された。サトウさんは淡々と登記申請書類を準備しながら言う。
「人間も、たまにいませんよね。いるようで、いない人」
俺は苦笑した。うまいこと言いやがって。
サトウさんの一言と静かな午後
事件が片付いた午後、コーヒーを淹れながら俺は言った。「こういう変な事件、あと何回起こるんだろうな」
「何度でも起こりますよ。だってシンドウさん、変な案件ばかり引きますから」と、相変わらずの塩対応。
やれやれ、、、俺の平穏は今日もお預けだ。