書類だけが俺を裏切らなかったと思ってたけど

書類だけが俺を裏切らなかったと思ってたけど

気づけば机の上には書類だけ

ふとした瞬間、机の上を見渡して気づく。「俺、ここ数年、誰ともちゃんと向き合ってないな」と。見えるのは分厚い契約書の束、委任状、登記識別情報通知。どれも俺にとって大切な“パートナー”だったはずだ。恋愛よりも仕事を選んだというより、恋愛から目を逸らして仕事に逃げ込んだという方が近い。少なくとも、書類は俺を置いてどこかへ行ったりしない。そう信じていた。

恋人との時間より書類と向き合っていた

付き合っていた彼女がいた頃、よく怒られた。「また仕事?」「いつもパソコンと書類ばっかりじゃん」。そのたびに「仕方ないよ、登記期限あるんだもん」と言い訳していた。でも、今思えば“彼女を優先できなかった”というより、“優先する余裕がなかった”のだ。事務所の運営は一人事務員と俺の二人三脚。繁忙期なんて、休憩中も登記完了通知を気にしていた。大切な人より大切な書類を選んでいたような日々。

初めての破局と初めての登記申請

司法書士として独立してすぐの頃、初めての登記申請と、初めての失恋が同じ週に訪れた。恋人から「もう無理かも」と言われた翌日、俺は法務局に向かった。印鑑証明を何度も確認して、書類に不備がないか手が震えながら点検したのを覚えている。結局その登記は無事に完了し、受け取った完了通知を見て、なぜか少しだけ報われた気がした。「ああ、俺はまだ必要とされてるんだな」って。

提出期限のある関係のほうが楽だった

恋愛には期限がない。だけど登記には提出期限がある。それがどこか安心だった。人間関係って不安定だし、相手の気持ちを気にするのも疲れる。でも書類は違う。要件が揃っていれば、粛々と処理されて終わる。提出期限を守り、形式を整えれば、裏切られることはない。そのルールに俺は救われたし、同時に縛られていたのかもしれない。

書類は嘘をつかない でも人はつく

「あなたのこと信じてるよ」と言われた数日後に、別の人と付き合ってることをSNSで知ったことがある。その瞬間、書類の世界のほうがずっと安全だと感じた。司法書士の仕事は、正確さと信頼が命。書類は嘘をつかないし、手続き通りにやれば必ず結果が返ってくる。でも、人の気持ちは違う。今日と明日で180度変わってしまう。

元カノの一言と決済当日の緊張感

「一緒にいても、なんだか寂しいんだよね」——別れの予感がしたその言葉と同じ日に、大きな不動産決済があった。手続きミスが許されない場面で、俺の心はぐちゃぐちゃだった。それでも表情ひとつ変えずに、登記原因証明情報を読み上げ、登記識別情報を確認し、全員の前で署名捺印をまとめ上げた。内心ボロボロだったのに、仕事のスイッチだけは切らなかった自分が今思えばちょっと怖い。

「大丈夫」はどっちも信用できない言葉

彼女が最後に言った「大丈夫、大丈夫だよ」って言葉も、法務局職員が「この書類、大丈夫だと思います」って言うときも、実は同じくらい信用できなかった。何度も「大丈夫」って言われて結局差し戻されたり、連絡が来なくなったり。人の口から出る「大丈夫」って、どこかふわふわしてる。だからこそ、自分の手で確認して、納得して、初めて安心できるようになった。

申請ミスより痛かった失恋の言い訳

一度、完了通知が届かないまま週末を迎えたことがあった。申請ミスかもしれないと焦りつつも、法務局は閉まってるし確認もできない。けど、その週末に届いた彼女からの「やっぱり価値観が違うみたい」というメッセージのほうが、よっぽどキツかった。登記のやり直しはできるけど、壊れた関係はやり直せない。そんな当たり前のことを、仕事ばっかりしてた自分は忘れてた。

同業者との飲み会で気づく孤独

年に一度ある支部の懇親会。みんな笑い合ってるけど、どこか疲れた顔をしてる。話す内容は、依頼人の無茶な要求とか、補正地獄とか、そんな愚痴ばかり。でもその中で、「最近誰かとちゃんと話した?」という話題が出たとき、誰も何も言わなかった。俺だけじゃなかった。みんな孤独と書類の間を行ったり来たりしてる。

書類の話しかできなくなっていた

プライベートの会話が苦手になってる自分に気づく瞬間がある。親戚の子と話すときも、「印鑑証明は…」とか言いかけて「いやいや…」と口をつぐむ。いつのまにか書類の世界に閉じこもりすぎて、人とちゃんと向き合う力が落ちてる。人間関係は予測不能で、失敗したら痛い。でも、それを避け続けたら、人生の大事な部分を見失う気がしてくる。

独り身あるあると笑えない現実

よくある冗談で「登記完了通知が一番のラブレターだよね」と言うけれど、笑えない時がある。帰宅して誰もいない部屋、コンビニ弁当、テレビもつけずに寝落ち。そんな日常を過ごしていると、「これ、俺何やってんだろう」とふと思う。でも、それでも翌朝は早起きして補正対応。司法書士って、強がるクセがついてる職業なのかもしれない。

モテない司法書士というジャンル

昔、合コンで「何の仕事してるんですか?」と聞かれて「司法書士です」と答えたら、「それって弁護士と何が違うの?」と聞き返された。説明する気力もなく笑ってごまかしたけど、帰り道がやたら寒かった。年齢も重ねて、今さら婚活もきつい。俺はもう“モテない司法書士”というジャンルで生きていくんだろうな、と半ばあきらめている。

それでも書類に救われた瞬間

書類だけが俺を裏切らなかった——そう思っていたのは事実だ。でも、そう思うしかなかったというのもまた事実。書類は無機質だけど、そこに依頼人の人生が詰まっていることもある。書類の山の中に、誰かの不安や希望がある。完了通知が出た瞬間、依頼人のホッとした顔を見ると、「この仕事、やっててよかったな」と思える。

申請が通った時だけは肯定されてる気がした

何日も悩んでいた案件がようやく通ったとき、「よし!」と声に出してしまう瞬間がある。誰にも見られていなくても、自分を少しだけ肯定できる感覚。誰かに愛されてるとか、必要とされてるとか、そんな感覚が仕事の中でほんのわずかに感じられる。それが、この職業の救いでもある。

失敗した恋のあとで成功する登記

恋人に振られた直後の案件で完了通知が届いたとき、「せめてこれだけはちゃんとできてよかった」と思った。失ったものは戻らないけれど、それでも仕事は終わらせることができる。そこに小さな達成感がある。司法書士の仕事は、たとえ一人でも完結できる。そこが強みであり、同時に寂しさでもある。

誰かの役に立ってることを確認できる仕事

登記を終えた後、依頼人から「ありがとうございます、本当に助かりました」と言われたとき、不意に涙が出そうになった。書類の向こうに人がいる。俺がやっているのは、ただの事務作業じゃない。誰かの人生の節目に、少しだけ関われている。そう思える瞬間が、また俺を次の申請へと向かわせてくれる。

書類より人と向き合う勇気

書類は裏切らない。でも、それだけじゃ足りなかった。本当は、俺だって人とちゃんと関わりたいし、笑い合いたい。最近、事務員さんとたまに雑談するようになった。何気ない話の中に救われることがある。人と向き合うのは面倒くさいけど、それを避けてきた代償はけっこう大きかったなと今になって思う。

事務員さんに言われた一言が効いた

「先生、たまには早く帰ったらどうですか?」と言われた日の帰り道。夜風が心地よかった。誰かが自分のことを気にかけてくれている、それだけで少しだけ肩の力が抜ける。俺はもう、書類だけに守られる時期を過ぎたのかもしれない。

優しさも愚痴も共有できる関係

最近は、自分の愚痴も少しずつ人に話せるようになってきた。「また法務局で怒られましたよ」って笑いながら話せる相手がいる。それだけで救われる。強がる必要も、完璧でいようとする必要もない。ただの一司法書士として、人として、生きていけばいい。

仕事だけじゃ埋まらないものもある

書類は裏切らない。けど、人との関わりも、悪くない。たとえ面倒でも、傷つくことがあっても、人とつながることでしか得られないものがある。仕事は大事。でも、俺自身が壊れてしまったら意味がない。そう気づけた今、少しずつでも前に進もうと思う。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。