平面図が告げた終の住処

平面図が告げた終の住処

目覚めた朝の依頼

雨音と古びた電話

雨が屋根を叩く音で目を覚ました朝だった。事務所の電話が鳴ったのは、コーヒーに砂糖を入れた瞬間だ。古びた黒電話のような着信音に、妙な既視感を覚えながら受話器を取った。

妙に慎重な依頼人の態度

声の主は、年配の女性だった。話す内容は要領を得なかったが、要するに「古い建物図面を確認してほしい」というものだった。なぜ司法書士の私にそんな依頼をするのか――疑問を抱きつつも、断る理由が思いつかなかった。

差し出された一枚の図面

謎の余白と書き込み

依頼人が持参した図面は、A3用紙に手描きされた旧式のものだった。注意深く見ていくと、あるはずの場所に「何も描かれていない空白」がある。そして、その空白の縁には赤鉛筆で小さく「ヒ」とだけ書かれていた。

消された扉と存在しない部屋

さらに不自然だったのは、居間と台所を結ぶドアが図面上から消されていることだった。建築士が見落とすとは考えにくい。そもそもこの図面、現在の構造と合致していない――私は既に軽い頭痛を感じていた。

サトウさんの鋭すぎる観察眼

寸法と現実の食い違い

サトウさんは、図面を一目見るなり「この部屋、実寸より狭いです」と呟いた。彼女はメジャーを取り出し、迷いなく測り始めた。まるで名探偵コナンのような鋭さに、私は内心で「やれやれ、、、」と呟いた。

風呂場の位置に潜む嘘

特におかしかったのは風呂場だ。図面上では北側だが、実際は東。過去に大掛かりなリフォームがされたのかと尋ねると、依頼人は首を横に振った。どうやら、意図的に図面が書き換えられている可能性が出てきた。

過去の所有者に迫る

不動産登記簿から読み解く痕跡

古い登記簿を紐解いていくと、数年前に所有者が相続によって変更されていた。問題はその直前、亡くなった前所有者の記録が抜け落ちていることだった。登記原因が「不詳」になっているのは、かなり稀だ。

謎の名義変更と空白の三年

その相続記録の前に、建物の所有者が一度だけ「外部から」変更されている。住所は東京、名義変更の理由は贈与――だが贈与税の申告もなかった。その間、三年間。その三年が、この物件の核心かもしれない。

事件は意外な方向へ

隣家の証言と深夜の物音

近隣の住民から、「あの家から深夜に物音がしていた」との証言が得られた。特に、風呂場の壁のあたり。夜な夜な誰かが出入りしていたような音だという。空き家だったはずなのに。これはもうサスペンスの世界だ。

見えてきた図面のもう一つの意味

サトウさんがふと呟いた。「この“ヒ”って、部屋じゃなくて“避難”の略じゃないですか?」私は目を丸くした。それはすなわち、“避難経路”が隠されているという意味か。図面が示す“裏ルート”があるとすれば――。

やれやれという声と再調査

古い設計士と消された記録

設計士事務所に問い合わせると、なんとこの家の設計者は既に亡くなっていた。ただ、当時の設計補助だった人物が、意外にも詳細なメモを保管していた。どうやら「ある依頼で図面を書き換えさせられた」らしい。

サトウさんの罠

サトウさんが提案した。「一度、空き家として行政に通報してみましょう」。翌日、行政の立ち合いで現地調査が行われると、風呂場裏の壁が不自然に膨らんでいることが判明。叩くと中は空洞だった。やっぱりね。

隠された空間の正体

密室の裏にあったもう一つの出入り口

壁を破ると、そこには小さな物置があった。床は土のままで、奥には鍵付きの鉄扉。開けると、なんと隣接する廃工場に通じるトンネルが続いていた。まるでルパンのアジトのような光景に、私は息を呑んだ。

誰も住んでいなかったもう一人

トンネルを通じて、かつて脱法的にこの建物を利用していた人物がいたことがわかった。過去に失踪したままの青年が、その「もう一人」だった。家族は知らず、図面だけが彼の存在を密かに伝えていたのだ。

解決のカギは建物台帳にあった

赤ペンで囲われた謎の区画番号

最後のヒントは、建物台帳の手書きメモだった。図面の余白に記された「ヒ」は「秘密区画番号」を示していた。正式には未登記部分だが、それが誰にも知られず残っていたとは――長年の謎が繋がった瞬間だった。

司法書士が導いた真相

司法書士である私の仕事は、事実を法的に整えることだ。だが今回は、真相を見届ける役割もあった。図面は真実を語っていた。依頼人に伝えると、彼女はただ黙って頷いた。その目には、ほっとした色があった。

図面が語る家族の終着点

生きた証としての間取り

建物は古かったが、誰かが生きていた痕跡がはっきりと残っていた。見えない記憶を図面が支えていたのだ。何も語らない紙切れが、確かに「存在していた」という事実を訴えていた。

依頼人の静かな涙

依頼人は、かつて失踪した弟がここにいたことをようやく受け止めたのだろう。黙って壁を見つめ、静かに涙を流した。私は何も言わず、ただ隣に座っていた。言葉は、きっと要らなかった。

いつも通りの帰り道

コンビニのおでんと秋の風

事件が解決した夜、私はコンビニでおでんを買って帰った。ちくわぶが染みていて、妙にうまい。事務所に戻ると、サトウさんが「その格好、サザエさんの波平さんみたいですよ」と笑っていた。

今日も誰かの謎をほどきながら

帰り道、空を見上げた。星は見えなかったが、風が心地よかった。やれやれ、、、今日も何とか無事に終わったな。次はどんな謎がやってくるのか、少しだけ楽しみになっていた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓