朝のトナー異常と届かないファクス
「トナー残量がありません」と告げた朝
毎朝のように、無表情で複合機に向かうサトウさんの動きがぴたりと止まった。 画面に映るのは「トナー残量なし」の文字。だが、それだけではない。 昨日の午後に届くはずだったファクスが、記録に残っていないというのだ。
訪ねてきた未亡人と古い契約書
男の死と登記簿の矛盾
午前十時過ぎ、小さな影を落として未亡人が来所した。 亡夫の遺産整理を依頼されたのだが、提出された契約書の筆跡と登記簿の内容に違和感がある。 「この契約、去年じゃなくて一昨年に締結してる気がして」と彼女は曖昧な笑みを浮かべた。
ファイル名に残された謎の数字
コピー履歴と日付のズレ
サトウさんが複合機のログを遡っていた。 「このPDF、名前が変なんですよ。ファイル名に’0429’ってあるのに、印刷履歴は3月だったんです」 たしかに、ファイル名の日付と操作時刻が一致していない。
サトウさんの一喝と無言の業者
修理業者の挙動不審
業者がトナー交換に来たのは昼前。だがその作業時間が妙に長かった。 サトウさんが「トナー交換に30分もかかるんですか?」と低い声を投げる。 業者は無言で視線をそらし、そのまま帰っていった。
不自然な登記委任状のコピー
署名と印影の位置の違和感
未亡人が提出した委任状をコピー機で再確認した。 なぜか原本とコピーで印影の位置が数ミリ違っていた。 「コピーって、こんなズレるもんですかね」とシンドウが首をかしげる。
コピー用紙に仕込まれた嘘の時間
複合機の時計設定に気づいた瞬間
「この機種、時計ずらせるんですよ」とサトウさんが淡々と告げた。 設定画面を開くと、現在時刻は実際の10日前になっていた。 これでコピー履歴の辻褄が合う。つまり、何者かが故意に遡って偽装したのだ。
書類の時系列とカーボンの影
写しの下にうっすらと残る痕跡
古い契約書を透かしてみると、別の名前がカーボン紙越しに残っていた。 「これ、最初は他の人と契約してたんじゃないですか?」とサトウさん。 誰かが内容を書き換え、印刷し直したという仮説が浮かんだ。
故障ログが語った本当の通報者
複合機が覚えていた番号
修理依頼を出した電話番号が、未亡人のものと一致した。 「つまり彼女は、昨日の段階でトナーが切れることを知っていた?」 シンドウは複合機の操作ログを見ながら、顎に手を当てた。
サザエさん式推理で浮かぶ真犯人
最後に笑うのは誰だ
「いや〜、波平さんも真っ青の家族のドロドロですよ」とシンドウがぼやく。 未亡人の言う「主人の意志」とは、どうやら勝手に作られたものだったようだ。 財産を巡る家族間の偽装。すべては複合機が見ていた。
やれやれ、、、また紙詰まりかと思ったら
仕掛けられた最後の罠
紙詰まりのエラーを解除しようとカバーを開けたそのときだった。 内部に差し込まれていたUSBメモリがぽろりと床に落ちた。 中には印刷されたすべてのファイルと時刻のバックアップが記録されていた。
シンドウが仕掛けた最後の印刷ジョブ
犯人の前で鳴り響く複合機
未亡人が説明に窮したその瞬間、奥から「ウィーン」と複合機の印刷音が響いた。 「これが、あなたが昨日印刷した’契約書案第二版’です」 シンドウが差し出した紙を見て、彼女は観念したように椅子に崩れ落ちた。
複合機が見ていた真実とその行方
証拠はいつも静かにそこにある
全ての証拠は、騒音も立てず、ただ記録されていた。 司法書士の仕事とは、時にこうして過去の記録を静かに掘り起こすことでもある。 サトウさんは黙って複合機のカバーを閉じた。
事務所に残る静寂と印字の音
機械が語るもの、人が見落とすもの
「やれやれ、、、複合機ってやつは、よく喋るな」とシンドウはつぶやいた。 機械に向かって文句を言う姿を見て、サトウさんは呆れたようにため息をつく。 それでも、事件は一件落着だった。
サトウさんのため息と新しい依頼
次なる事件の幕開け
「先生、次のお客様です」 新しい依頼人のファイルがサトウさんから差し出される。 その上に乗っていたのは、なぜかまたもトナーの注文伝票だった。
今夜もまた誰かが何かを印刷している
夜の静けさと一枚の紙
シンドウが帰り支度をしていると、奥の複合機が一枚だけ紙を吐き出した。 そこには「またご依頼お待ちしております」と書かれていた。 それはサトウさんの、無言の励ましだったのかもしれない。