朝の事務所に届いた封筒
土曜の朝、いつものように事務所のポストを開けると、茶封筒が一通。宛名は達筆だが、差出人は記されていなかった。
開封すると、中から出てきたのは一枚の登記識別情報通知書。だが、どこか様子がおかしい。封筒の内側にはうっすらと灰色の粉が付着していた。
「これ、古紙か何かに紛れて送られてきたんじゃ…?」とつぶやいたが、直感は別の可能性を訴えていた。
消印のない差出人不明の書類
「そもそも、消印がないというのは普通じゃありませんよ」そうサトウさんが指摘した。手元の封筒を確かめると、確かに郵便の痕跡がない。
投函ではなく、誰かが直接ポストに入れた可能性が高い。そしてそれは、わざとそうしているのだ。
「いたずらにしては、手が込みすぎていますね」とサトウさんはあっさりと言った。
サトウさんの冷静な一言
「シンドウさん、これ本物ですよ。発行番号も申請様式も、少なくとも平成時代のフォーマットです」
彼女が言うと、机の奥から過去の登記識別情報を取り出して並べてくれた。その目は鋭く、まるで探偵漫画に出てくる冷静沈着な助手のようだった。
やれやれ、、、俺の方は寝癖のままだというのに。
中にあった登記識別情報通知
用紙は通常のものと似ていたが、なぜか末尾の数字列だけが明らかに異なっていた。通常、登記識別情報は英数字の無作為な組み合わせだが、これはまるで……。
「パズルですね」とサトウさんが呟いた。見れば、数字の並びに周期性があり、しかも法務局コードの一部が反転していた。
誰かが、意図的に仕組んでいる。そう思わざるを得なかった。
通常の形式と違う数字列
最後の12桁が、なぜか逆順の西暦と一致していた。「20230804」とは、今日の日付である。偶然にしては出来すぎている。
さらに、その前の数字は地番を反転させたものと一致した。登記簿を何度も見てきた身には、奇妙な親しみさえ感じるコードだった。
この登記識別情報は、何かの地図なのだろうか。誰かが”読み解いてくれ”と願っているような気がしてきた。
一部が意図的に黒塗りされた謎
数字列の中央に、わざとらしく黒いインクで塗られた箇所があった。「サザエさんで言うと、波平の頭みたいなもんですね」
「意味ありげに見えるが、よく見るとほとんど何もない、みたいな?」と俺が返すと、サトウさんは「いや、ここが核心です」と冷たく返した。
やれやれ、、、ボケても無視されるとは。
依頼人の足取りを追って
依頼人の名前は書かれていなかったが、手がかりは封筒に書かれた地番から辿れた。十年前に一度だけ登記に関与した土地だった。
過去の記録を漁ると、その登記は相続だった。相続人の一人が突然失踪し、登記が未了のまま放置された事件を思い出した。
どうやら、あの時の”行方不明の相続人”が再び動き出したようだ。
過去の申請と照らし合わせるサトウさん
サトウさんは迷いなくデータベースを操作し、当時の申請書を探し出した。手書きの署名が、今回の通知書の筆跡と一致している。
「生きてますね、この人。しかも身を隠したまま何かを伝えようとしてる」
書類を持ったまま、サトウさんはうっすらと笑った。これも彼女なりの「燃える案件」なのかもしれない。
旧姓に隠された手がかり
相続人の一人は結婚後、姓が変わっていた。今回の識別情報に記載された古い氏名は、失踪前のものだった。
つまり、これは現在の身元を明かさず、かつ”かつての自分”として意思を伝えたかったということだ。
本物の登記識別情報と見せかけた”告発”。それがこの書類の正体だった。
近所の法務局での違和感
書類の真偽を確かめるため、念のため近くの法務局を訪ねた。しかし、対応した職員はどこか歯切れが悪い。
「それ、当局で発行された形跡はありませんね」との回答。つまり、これは誰かが作った”模造登記識別情報”ということになる。
だが、ここまで精密な偽物を作る意図とは何か。単なるいたずらや詐欺ではないはずだ。
元司法書士の回顧録がヒントに
法務局の職員の一人が、そっと古い文書を手渡してきた。「昔の司法書士が、似たような手口を記した回顧録がありまして…」
その中には、書類偽造ではなく”警告”の手段として登記情報が使われた事例があった。つまりこれは……。
「復讐ですね。正義じゃなくて、個人的な。」とサトウさんが呟いた。
数字の羅列が示す方角
通知書の数字を地図の緯度経度と見立てると、ある山奥の地点が浮かび上がった。そこは、失踪者の実家があった集落の近くだった。
まるで宝の地図のようだ。俺たちは車を走らせ、林道を越えて山の中へ向かった。
道中、「探偵ってこんなことまでやるもんでしたっけ?」と聞くと、「司法書士も似たようなもんです」と返された。
登録免許税の端数に仕込まれた暗号
通知書の中に記された登録免許税の額が、1円単位まで記されていた。ありえないことだ。
その金額をASCIIに変換すると「KAERITAI(帰りたい)」という文字が浮かび上がった。
やれやれ、、、どうしてみんな、そんなところで想いを託すんだ。
裏山の祠に埋められていたもの
示された場所には、古い祠があった。その脇に埋められていた缶からは、もう一通の手紙と封筒が出てきた。
そこには、失踪した相続人の真実が書かれていた。彼は借金から逃れるために戸籍を隠し、偽名で生きていた。
だが、母の死をきっかけに、せめて名義だけでも正すため、司法書士に託したのだった。
旧登記簿に刻まれた本当の名義人
確認すると、現在の名義はまだ未了のままだった。その登記を完了させるには、彼が生きていた証拠が必要だった。
そのための”暗号”。そのための”登記識別情報”。
この事件、法務局では処理できないが、俺たちならなんとかできる。
遺言状に隠されたもう一つの符号
手紙には、遺言のような文章も添えられていた。「この土地を、弟に残したい」
それは公的に有効なものではなかったが、意思ははっきりしていた。
そして、司法書士として、その意思を汲み取る方法を見つけるのが俺の役目だった。
故人の最後のメッセージ
その登記は、俺たちが無償で完了させた。申請書類に書かれた名前を見て、職員は不思議そうに首をかしげた。
だがそれでいい。依頼人はもう、この世にはいないのだから。
最後の一筆を記入したあと、サトウさんが言った。「これで、帰れましたね」
事件の幕引きと小さな余波
事務所に戻ると、またしてもポストに封筒が一通。今度は普通の申請だった。なんだかんだで、日常は続く。
俺はコーヒーをすすりながら、「探偵事務所じゃないんだけどな」とぼやいた。
「そういうのが、司法書士の仕事じゃないですか?」と、またしても冷たく返された。
登記識別情報は誰のものか
法的には、本人確認のための数字列。だが、それを使って誰かの想いを伝えることもできる。
そう考えると、俺たちはただの申請屋ではないのかもしれない。
やれやれ、、、また一つ、余計なことを覚えてしまったな。