封筒はどこへ消えた

封筒はどこへ消えた

封筒はどこへ消えた

春の風がようやく花粉を連れていかんとしている午前九時。司法書士事務所の入り口に、ぽつねんと立っていたのは町内会長の星野さんだった。年に一度、固定資産税の相談で訪れる常連だ。

「納付書、持ってきたんだけどさ、どうも見当たらなくて……」

俺はコーヒーを淹れかけた手を止め、少しだけ背筋を伸ばした。やれやれ、、、嫌な予感しかしない。

朝の来客と一通の封筒

星野さんが差し出したのは、薄いビニール袋に入った数枚の紙と領収書の束。その中に納付書はなかった。だが本人は「入ってたはず」と譲らない。

「この封筒、いつから開けてない?」と聞くと、「今朝」と即答された。

俺は頭の中で犯人リストと物品移動のルートを組み立て始めた。探偵漫画で言えば、もう読者への挑戦状が出されるタイミングだ。

サトウさんの冷たい推理

後ろで黙って聞いていたサトウさんが、書類の束を横からすっと引き取る。「封筒がないなら、まず捨てた場所を探すのが筋じゃないですか?」

それはそうだ。だが俺はそれを言おうとして言わなかった。彼女の前ではいつも口ごもってしまう。

「あ、でも燃えるゴミは今朝出しちゃってな……」星野さんが眉を下げる。

消えた納付書の謎

納付書がないという事実は、ただのうっかりか、それとも何かの伏線なのか。司法書士にとって重要なのはそこを見極めること。

俺の経験が告げていた。これは、単なる紛失ではない。何か別の意図が背後にある――そんな空気を感じる。

コナンくんだったら「犯人はこの中にいる!」と指さしている場面だ。

役所との奇妙な食い違い

「ちょっと市役所に確認してみます」とサトウさんが電話を取り出す。相変わらず手際が良い。

俺は聞こえてくる会話に耳をすませたが、すぐに彼女が首をかしげる。「発送記録では間違いなく送付済み。しかも三日前に配達完了になってます」

これは妙だ。星野さんが開封したのは“今朝”だったはず。

封筒を最後に見たのは誰か

「封筒をポストから取り出したのはいつですか?」と尋ねると、星野さんは口ごもる。

「あれ、いつだったかな……隣の奥さんが代わりに取ってくれた日があったな……」

出た。共犯、あるいは“善意の関与者”。サザエさんで言えばカツオがサザエの買い物袋を勝手に整理して怒られる回みたいなやつだ。

クライアントの曖昧な証言

星野さんは善良だが、記憶が怪しい。「納付書が入っていたのは確かだったんです」

だが彼の証言を裏付ける証拠はない。事務所内にあるのか、もしくは別の誰かの手にあるのか。

「とりあえず、あの日からの行動を書き出してください」と俺はメモを手渡した。

郵便受けの中の沈黙

午後、現地確認に同行することになった。星野さんの家のポストは、確かに古く、封筒が落ちても不思議ではなかった。

ポストの底を覗き込み、俺は見つけた。ほこりをかぶった、白い封筒。

「これだ……!」

サザエさんも驚く犯人像

「これ、たぶん落ちたあと、見逃してたんですね」と俺が言うと、星野さんが頭をかく。

「うちの猫が中に入りたがるもんでねぇ……」

やれやれ、、、犯人は猫だった。ミステリとしては肩透かしだが、人生ってのはたいていそういうもんだ。

机の引き出しと古い領収書

ついでに、古い納付済みの控えも発見された。「あ、これ去年のやつです」

もう一つの封筒にまぎれていたのだった。これで全てのパズルのピースが揃った。

郵便事故ではなく、単なる取り違えと見逃しの連鎖。それでも人間模様が見えるから、こういう事件は侮れない。

犯人はすぐそこにいた

誰かが意図的に隠したわけではない。だが、納付書はたしかに「行方不明」になっていた。

封筒の在りかを知っていたのは、郵便受けと……猫だけだった。

「まぁ、よくあることです」とサトウさんは言うが、それにしても俺は少しだけ誇らしかった。

税と罪とほんの少しの優しさ

納付書は無事に発見され、手続きは完了。星野さんは帰り際、猫の写真を見せてきた。

「こいつが犯人でね」と、笑っていた。

人の生活には、こういう小さな謎がいつもある。俺の仕事は、それを一つずつほどくことだ。

やれやれ俺の出番か

事件が終わったあと、事務所に戻ると、サトウさんが冷たく言った。「シンドウさん、さっきのコーヒー冷めてますよ」

俺は肩をすくめてつぶやいた。「やれやれ、、、俺の出番はコーヒーまでか」

しかしそれでも、机に座って書類の山を見渡すと、不思議と悪くない気がした。

シンドウの一手

報告書をまとめ、封筒の写真を添付。念のため、今後の保存方法についてもアドバイスを記す。

これもまた、小さな防波堤。俺の仕事の本質だ。

サトウさんが一言、「じゃあ次は、隣町の登記ミスの件ですね」

サトウさんの無言の拍手

サトウさんは何も言わない。ただ、珍しく俺の報告書に赤ペンを入れなかった。

それだけで、今日の俺はよくやったと思えた。

元野球部の俺としては、ギリギリでホームに滑り込んだような感覚だった。

解決そして納税完了

後日、星野さんから「無事納付しました」の報告が来た。

その文末に「猫も反省してます」とあったのには笑った。

たまには、こういう事件もいい。

またいつもの静かな午後へ

午後三時。コーヒーを淹れ直し、書類の山に戻る。

「シンドウさん、FAXが詰まってます」と無表情で告げるサトウさん。

やれやれ、、、次の事件は機械相手か。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓