後見人に選ばれた女

後見人に選ばれた女

蒸し暑い朝の来訪者

朝からじっとりとした湿気が肌にまとわりつく。事務所のドアを開けた瞬間、冷房の効いた空気がいくらか救いになる。サトウさんはいつものように無表情でコーヒーを啜りながら「今日も依頼、来ますよ」と先制パンチを打ってきた。

そんな彼女の言葉通り、9時を回った頃、ひとりの女性が訪ねてきた。手には封筒。顔には不安と警戒心が同居していた。

不機嫌なサトウさんと封筒の中身

封筒の中からは、亡くなった女性の戸籍謄本と、一通の手紙が出てきた。「私の息子の後見人を…」と震える声。依頼人はその子の伯母らしい。けれども、話はそれだけで終わらなかった。

「実はもう一人、後見人候補がいるんです」彼女がそう続けたとき、サトウさんがわずかに眉を動かした。「やれやれ、、、」と僕がつぶやくと、「また揉め事ですね」と冷ややかな返しが飛んできた。

未成年後見の相談

依頼は、未成年後見人選任申立の書類作成だった。母親は既に他界。父親は行方不明。後見人を立てなければ、少年は財産も生活も宙ぶらりんだ。

だが、後見人候補がふたり。母の妹と、かつての交際相手だという女。どう考えても揉める。まるでサザエさんの三角関係コントみたいだが、こちらは笑えない。

争うふたりの候補者

どちらも「私こそふさわしい」と譲らない。前者は「血縁」を盾にし、後者は「母の意思」を根拠に主張する。まるで怪盗と探偵がひとつの財宝を取り合っているような構図だった。

しかも、後者の女は少年とは直接の接点がない。それなのに、なぜそこまで執着するのか。サトウさんは静かにその様子を観察していた。

亡き母の遺志と少年の沈黙

手紙には「後見人にはユリさんを」と明記されていた。だが、それが自筆なのか、サトウさんは首を傾げる。「筆跡、ちょっと違うように見えますね」と呟く。

少年は終始無言だった。何を聞いても「うん」か「べつに」としか答えない。その様子に、何か重大な違和感を覚えた。

後見人に選ばれた女の過去

ユリと名乗ったその女性。調べてみると、かつて依頼人の姉――つまり少年の母と、金銭トラブルで揉めていた過去が出てきた。しかも、連絡を取り始めたのは母親が重病になってからだった。

まるで猫が死にかけた鳥を見つけて近づいてくるような話。不自然な善意には、やはり裏がある。

奇妙な財産目録

提出された財産目録に妙な点があった。ジュエリーケースが記載されていないのだ。にもかかわらず、申立書の添付資料には「指輪があった」ことが写真で残されていた。

しかもその指輪、少年の母が生前「絶対にユリには渡さない」と語っていたものらしい。あからさまな消失に、僕の脳内には名探偵コナンのモノローグBGMが流れ始めた。

記載されなかった宝石と空の保険証券

サトウさんがつぶやく。「これ、わざと抜かしてるんじゃないですか?」。提出された保険証券もすべて空白の控えだけで、受取人欄が消えていた。どうにも臭う。

「宝石はどこに? 保険金は誰に?」ミステリの鉄板、金の流れを追えば真相に近づける。地味だけど、司法書士はこういう地道な調査こそ得意分野だ。

恋と嫉妬と代理権

やがて分かったこと。それは、ユリがかつて少年の父親とも関係を持っていた可能性だ。つまり、遺された財産と代理権を手に入れれば、少年の未来だけでなく、男の帰還にも備えられる。

恋愛と嫉妬と利権。全部のせの三角関係。ああ、現実は漫画よりよほど濃厚で厄介だ。

交錯するふたりの女の思惑

伯母は少年の将来を案じているように見えたが、それでもどこかでユリに対して優越感を持っているようでもあった。サトウさんは「どっちも自己愛が強いだけじゃ」と言い切った。

そんな冷めた視点が、真実を貫く剣になることを、僕はこの数年で学んできた。

少年の証言

意外なことに、少年の口が開いたのはユリが席を外したときだった。「ぼく、ユリさん嫌いだよ」と、小さな声で呟いた。

「ママのこと、本当はそんなに好きじゃなかったのに、死んでから急に優しくなったもん」その一言に、すべてが凝縮されていた。

本当に好きだったのはママじゃない

少年は続けた。「あの人、本当に好きだったのはパパだよ。ママが死んでパパが戻ってくると思ったんじゃないかな」

幼い感性は、時に大人より鋭く真理を突く。誰もが言葉を失った瞬間だった。

やれやれの真相解明

僕は申立書の不備と宝石の不記載を理由に家庭裁判所へ報告した。ユリの選任には疑義があると。それが直接の決定打ではないにせよ、手続きを止めるには十分だった。

「やれやれ、、、」椅子にもたれてつぶやくと、サトウさんが珍しくにやりと笑った。「今回、最後までうっかりしませんでしたね」

指輪のサイズと嘘の後見申立書

後日わかったことだが、あの指輪、実は伯母の手にも合わなかったという。ユリが持ち出していたが、彼女の薬指にはぴったりだったそうだ。

結局、後見申立は取り下げられ、少年の意向により、第三者の専門職が選任された。

家裁への報告と最後の決断

すべてが落ち着いたあと、少年の伯母が訪ねてきた。「すみません、いろいろ見抜かれて」恥じ入るようなその言葉に、僕は何も返さなかった。

ただ、事務所を出る彼女の背を見送るとき、どこか安堵した自分がいた。

後見人にはふさわしくないという結論

家裁も、僕と同じ結論を下した。誰かの思惑よりも、子どもの安定を第一に考える。それが制度の本義であり、僕たちの仕事でもある。

正直、疲れた。でも、少年の笑顔がすべてを救ってくれた。

静かな別れと小さな再出発

最後に少年が帰り際に言った。「おじさん、ありがとう」その言葉が、僕の中に温かく残った。

外はまだ蒸し暑い。けれども、心のどこかが、すこしだけ晴れた気がした。

少年が笑った日の午後

午後の陽射しが、事務所のガラスに射し込んでいた。サトウさんが小さくため息をつく。「たまには子どもが勝つのも、いいですね」

僕は「そうだな」と頷き、コーヒーをすする。次の依頼のベルが鳴るまでは、ほんのわずかな休息だ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓