登記終わったらすぐ売りたいは罠だった話

登記終わったらすぐ売りたいは罠だった話

登記終わったらすぐ売りたいは罠だった話

焦る気持ちが招いた落とし穴

「登記が終わったから、あとはもう売るだけです!」というセリフ、何度聞いただろうか。お客さんのテンションが高いときほど、こちらとしては妙に不安になる。特に地方では、土地や建物の売却がそんなにスムーズに進むわけじゃない。けれど、そういう現実を伝えるタイミングを逃すと、後で必ず揉める。登記を終えて一息ついたつもりが、実はこれからが本番。私自身も数年前、一度だけ「登記さえ終われば楽になる」と思っていた案件で、売却が滞ってトラブルに発展したことがあった。あの時の胃の重さ、今でも忘れられない。

登記が終われば一安心と思っていた

ある日、地元の60代の男性から「父親の土地を売るから、相続登記をお願いしたい」と頼まれた。こちらとしては、比較的シンプルな案件に見えた。書類の整備も早く、相続人も少なく、登記自体は何の問題もなく終わった。依頼主も「ありがとう、これで売却できます」とご満悦だった。でも、そこからが長かった。売れない。売れないどころか、不動産屋が動いてくれない。理由を聞けば「立地的に難しい」とのこと。そんなの最初からわかってたはずなのに。

なぜか売却がスムーズに進まない

立地はバイパスからも離れ、最寄駅からも遠い。周囲には空き家が目立ち、近所の人も「最近、誰も住んでないなあ」と口にするエリア。つまり、売却が難しいのは最初から明らかだった。それでも「登記が終わればすぐ売れる」という幻想に取りつかれてしまうのは、人間の心理なのかもしれない。私も説明不足だったと反省した。が、説明しても「大丈夫、知り合いの不動産屋がいるから」と聞いてくれなかった気もする。こうして、期待と現実のギャップが徐々に膨らんでいった。

すぐ売れる物件ですと言われたのに

一番ショックだったのは、「この物件ならすぐ売れますよ」と不動産業者が言っていたこと。まるで営業トークのように軽々しく。でも依頼主はそれを信じてしまった。売れないことに苛立つ依頼主は、なぜか私に不満をぶつけてくる。「登記を急がせた意味がなかった」とまで言われた。いやいや、それは違うでしょう、と言いたかった。でも口には出せず、ただ「そうですか…」と曖昧に答えるしかなかった。司法書士は売却の専門家ではない、とはいえ、線引きが難しい。

情報不足がトラブルの種になる

売却までの流れをきちんと説明しておくことは、司法書士にとっても重要だと痛感した。登記だけ終わればすべて解決、というふうに思われるのはつらい。もちろん売却は本人の責任。でも、そこに至るまでのプロセスや落とし穴を、少しでも共有できていれば、感情的なこじれは避けられたはずだ。忙しさにかまけて、つい「専門外です」と流しがちだった過去の自分に、少し反省している。

契約条件の読み飛ばしが命取り

登記が終わったあと、不動産売買の契約書を見せられたことがある。ぱっと見で「あ、これはやばい」と思った。境界の明示がないまま引き渡すことになっていて、しかも瑕疵担保責任を売主が全部負う内容だった。依頼主は「よくわからないけど、不動産屋が大丈夫って言ってた」と。司法書士としてアドバイスは難しい場面もあるけれど、最低限のリスクくらいは伝えておくべきだったと、後悔している。

不動産業者との温度差

司法書士は法務の観点で考える。不動産業者は「売れるかどうか」だけを見ている。この温度差がすれ違いを生むことがある。地方の小さな町では、顔見知りの業者と仕事することも多く、あまり強く言えない空気もある。でも、だからこそ冷静な立場からリスクを見ておくべきだった。いくら「おまかせください」と言われても、盲信は危険だ。

司法書士でも見落とすポイントがある

実は私自身も、登記の書類を整えることに集中しすぎて、売買に絡む周辺事情まで目が届かなかった。地盤や前面道路の権利関係、近隣トラブルの可能性。そういった「登記とは関係ない部分」に目を向ける余裕がなかった。けれど依頼主にしてみれば、全部ひっくるめて「司法書士に頼んだんだから大丈夫」という感覚なんだろう。そう考えると、やはりもう少し、俯瞰的に案件を見る目が必要だと思わされる。

売主の気持ちと現実のギャップ

売主は「高く早く売れる」と信じたいし、司法書士は「きちんと登記が終われば満足」と思いがち。でもこのふたつの期待がすれ違うと、後で不満やトラブルになる。私たちがどこまで介入するべきかは悩ましいところだけれど、せめて「現実は甘くない」とだけは伝えてあげたい。それが回り回って、自分自身のストレスを減らすことにもなる。

期待と現実の価格差に打ちのめされる

「うちの土地なら1000万はいけるはず」と言っていた依頼主が、査定を見て絶句していた。「350万って…嘘でしょ?」と。その姿を見て、さすがに気の毒になった。でもこれが地方の現実。地価は年々下がる一方だし、需要もない。そのあたりをうまく説明してくれる人がいればいいんだけど、司法書士がその役回りをするのも微妙で…。とにかく、売主の期待をほどよく冷ます努力も必要だと痛感した。

市場の空気を無視してはいけない

ある程度の価格で売りたい気持ちはわかる。でも、現実の市場がそれを許してくれるとは限らない。都市部とは違い、地方では「売りたい価格」で売れる物件なんてほとんどない。買い手がつくかどうかさえ不透明な状況で、無理な価格設定をしても時間が過ぎるだけ。そのあたりの認識を共有できるように、事前の情報提供の重要性を感じている。

仲介手数料以上に響く心のダメージ

結局、安く売るしかなくなる。それ自体は避けられないかもしれないけれど、「高く売れると思ってたのに」という気持ちはなかなか癒えない。売主にとっては、自分の財産の価値が否定されたような感覚になるのだろう。そしてそのストレスが、司法書士にも飛んでくる。「なんで登記急がせたんですか」と責められたときの、あのどうしようもない気持ち。あれは仲介手数料以上に心に来る。

司法書士としての自戒と提言

司法書士の仕事は登記だけ。でも、依頼主にとっては「土地の専門家」だと思われていることが多い。だからこそ、自分の専門外でも、できる範囲での助言や注意喚起を忘れてはいけないと強く思う。そうしないと、後でお互いに苦しい思いをすることになる。依頼主の期待に応えつつ、現実も伝える。そのバランスがこの仕事の難しさであり、やりがいでもあるのかもしれない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。