朝の書留と血のにおい
ポストに突き刺さるように差し込まれていた一通の書留封筒。差出人の記載はなく、赤い印紙がやたらと目立っていた。封を切った瞬間、ほんのりと焦げたようなにおいが鼻を突いた。
中には一枚の不動産登記申請書と、まるで火に炙られたような委任状の写し。朝からトラブルの香りしかしない。今日は嫌な予感がする、そんな始まりだった。
差出人不明の封筒
封筒には郵便番号すら書かれておらず、局名も読みにくい。印紙が貼られた位置もズレている。まともな申請に使えるとは思えない。だが、印紙は確かに本物だった。
まるで「私を見て」と主張するかのようなその印紙が、ただの紙切れではない何かを物語っていた。
赤い印紙と焦げた角
赤い印紙の角が焼け焦げているのは、偶然ではないだろう。焼け跡は文字の上に及んでおり、何かを隠したい意思すら感じさせた。
封筒の裏地にも微かに灰のような粉が残っていた。誰かが「処分しそこねた」のか、それとも「わざと残した」のか。刑事コロンボのエピソードのような、妙な違和感だけが積もっていく。
依頼人のいない登記申請
登記申請書には所有権移転の記載があるが、依頼人欄が空白のままだ。こんな書類を持ってくる依頼人など普通いない。
だが、提出先は確かにうちの事務所と書かれていた。誰かが俺の名前を使って、勝手に処理しようとしているのか?
空白の委任状
添付された委任状は、まるで誰かのノートの切れ端のように雑なもので、形式も整っていない。筆跡も不自然に整っていた。
しかも、署名欄の一部が黒いススで隠れており、消そうとして失敗した痕跡が見える。何かが書かれていた、だがそれを見せたくない誰かの意志が働いていた。
不自然な固定資産評価通知書
登記に必要な評価証明書の添付があったが、見慣れた書式とは微妙に異なる。コピー機のスキャン設定ミスだろうか、あるいは偽造か。
だが、用紙の厚みと印字のにじみが、市役所発行の実物である可能性を示していた。誰かが本物と偽物を巧妙に組み合わせて、虚実をぼかそうとしている。
サトウさんの冷静な違和感
「この申請、全部が微妙にズレてますね」と、サトウさんは無表情に言った。彼女の声には興味の欠片も感じられない。
「全部が本物っぽくて、全部がちょっとずつ偽物。これ、もしかして“つくりこまれた真実”なんじゃないですか」彼女の口から出たその一言が、朝のもやを一気に吹き飛ばした。
不一致の地番と住所
提出書類に記された地番と、評価証明に記載の地番が異なっている。番地の末尾が微妙にズレていた。
これはただの記載ミスではない。誰かが「間違えたふり」をしているのだ。刑事コナンの犯人みたいに、ちょっとしたほころびを仕込んで、そこに気づかせるように仕向けている。
複写された登記識別情報
登記識別情報通知書が添付されていたが、それはただのコピーだった。本物なら、あの特殊な封緘があるはずだ。
「なんで写しだけを?」とサトウさんがぼそっと呟く。俺には、その問いに答えられなかった。ただ、胸の奥に嫌な感じが張りつくように残った。
管轄法務局での小さな騒動
確認のために管轄法務局へ電話を入れた。すると、奇妙な反応が返ってきた。「その申請者、昨日亡くなった方と同姓同名ですね」
そんな馬鹿な話があるか。まるで金田一少年の事件簿みたいに、死んだはずの人間から申請が届くとは。
申請人の偽名疑惑
死亡者台帳で照合した結果、申請者と一致する氏名の人物は一週間前に死亡していた。登記申請日と同日だ。
しかも死亡場所は、自宅ではなく「ある廃ビル」。印紙に焼け跡があったのは、まさか、、、と背筋が冷える。
シンドウのやれやれ、、、な一日
昼飯を食べそびれた俺は、書類の山に埋もれながらカップラーメンをすすっていた。「やれやれ、、、こういう日は絶対“きのう何食べた?”見れない」
もう夕方だというのに、手元には焼けた書類と、偽名の申請人と、冷えた味噌汁しか残っていない。
封筒の印紙に残された指紋
警察に協力を求めたところ、封筒の赤い印紙から一つの指紋が検出された。それは、死亡した人物の息子のものだった。
司法書類がつなぐ、血の繋がりとその断絶。紙一枚にここまでの罪が刻まれているとは、誰が想像するだろう。
死者の名前と不動産の移転
相続登記ではなく、あえて所有権移転登記として偽造された書類。そこには「借金から逃げるための父の名義戻し」という意図が隠されていた。
だが、父親はすでに死亡しており、しかも死亡当日の申請。これはすでに“偽造”ではなく、“殺意”のレベルだ。
サザエさんの不在届と火曜サスペンス
「この感じ、サザエさんだったら“磯野家に不在届出す騒動”で終わる話ですよ」とサトウさんはぼやいた。
「でも現実は、火曜サスペンス劇場のBGMが聞こえてきそうな結末ばかりですよね」皮肉めいた笑いが、印紙の赤と重なって不気味だった。
家族構成と相続関係のねじれ
調査の結果、息子は父親名義の不動産を担保に闇金から借金していた。それが発覚する前に、父の名義に戻して処分したかった。
だが、父は拒否し、激しく言い争った末に階段から転落し死亡。事故か、殺人か、その線引きは紙一重だった。
真実を語ったのは印紙だった
誰が語ったわけでもない。ただ一枚の印紙が焼け、残り、そこに真実が残された。
あの封筒をポストに入れたのは誰か? 息子か、それとも——父が死ぬ間際に投函した最後の意思か。
真犯人の司法トリック
全ての書類が“ギリギリ合法”に見えるよう設計されていた。それが逆に、犯人の“司法リテラシーの高さ”を証明してしまった。
登記のルールを知り尽くしていたからこそ、「抜け道」が透けて見えた。紙と法律、その間の闇を突く手口だった。
過去の登記と現在の偽装
父親の生前に作られた過去の委任状、それを加工して現在の書類に転用していた。印鑑もスキャンデータを元に偽造。
すべては一つのゴール——不動産の売却資金を得るために。だが、それは決して許されない司法の逸脱だった。
印紙が告げた殺意の形
印紙が貼られた場所、それが真実の出発点だった。火で焼かれた部分には、本来「亡父」と書かれていた。
それを消すことで、「生存中の父」からの委任に偽装する意図があった。そして、焼け焦げた匂いが最後まで残っていた。
証拠としての法務書類の重み
紙は嘘をつかない。いや、嘘をつかせようとしても、どこかに真実が残ってしまう。それが法務書類の怖さだ。
今回も、たった一枚の赤い印紙が、事件の全てを暴いたのだった。
事件の終わりと登記の完了
結局、登記は不受理となり、息子は業務上過失致死と私文書偽造で送致された。家は競売となり、事件は幕を閉じた。
俺はというと、またもや余計な事件に巻き込まれただけだった。だが、紙一枚で人の運命が変わることを、改めて思い知った。
サトウさんの塩対応と一言
「で、手間賃は出るんですか?」「え、いや、それは、、、」
俺の言葉を遮るように、サトウさんはPCの電源を落とした。「ボランティアには向いてませんので」その背中はどこまでも塩だった。
やれやれ、、、今日もまた書類まみれ
事件が終わっても、机の上には山のような登記書類。カップラーメンの汁が乾いて、紙が波打っていた。
やれやれ、、、今日もまた紙に振り回される人生だ。俺の背中が、少しだけ重く感じた。