午前八時の呼び出し
「シンドウ先生、すみませんが急ぎでお願いしたい案件がありまして……」
管理会社の女性職員からの早朝の電話で目が覚めた。寝ぐせのついた頭をぐしゃぐしゃと撫でながら、時計を見るとまだ八時前だった。
誰もが休んでいるこの時間に、管理組合が司法書士を呼び出すとはただ事ではない。僕の胸にかすかな不安が灯った。
管理人室に差し込む朝日
管理人室に着くと、白いカーテン越しに朝日が差し込んでいた。窓辺の植木鉢の横には、古びた書類ケースが無造作に置かれている。
中から出てきたのは、破られた議事録の束。ページの一部が破られ、まるで誰かが何かを隠そうとしたかのようだった。
僕は直感的に「これ、ただの紛失じゃないな」とつぶやいた。
理事長からの一本の電話
「あの議事録、絶対に外に出ないように……」
理事長からの電話は震える声だった。何かに怯えているような口ぶりで、明らかに正常ではない。
しかし、その議事録が一体何を意味するのか、僕にはまだ見当がつかなかった。
沈黙するマンション理事会
その日、臨時の理事会が開かれるはずだったが、なぜか誰一人として姿を見せなかった。
「全員、都合が悪くて…」とだけメールが届いていたが、同時に逃げ腰の空気も感じられた。
理事会が“沈黙”する理由は何なのか。それがこの事件の核心かもしれない。
誰も語らない不自然な静けさ
管理人も口が重く、住人も妙によそよそしい。まるでこのマンション全体が何かに蓋をしているようだった。
そんな時、僕のスマホが震えた。差出人は、あのサトウさん。
「共用部分の防犯カメラ映像、取り寄せておきました」――それは突破口だった。
鍵のかかった会議室
理事会用の会議室に行くと、扉には新しい鍵がかけられていた。通常、鍵は管理人室に保管されている。
だが管理人は「そんな鍵は見たことがない」と言い張る。
サトウさんが静かに言った。「この部屋、理事長専用のスペア鍵があるはずですよ。まるで怪盗キッドの予告状みたいですね」
依頼人は管理会社の女性
彼女は書類の束を抱え、顔色ひとつ変えずに淡々と語った。
「理事長が登記の委任状を偽造していた可能性があるんです」
え、と僕は言いかけて口を閉じた。司法書士としてそれがどれほど深刻なことか、すぐに察した。
消えた議事録の謎
件の議事録には、理事長の再任が可決された内容が記されていたはずだった。
しかし、その議事録がなければ、彼の正当性は崩れる。つまり……再任そのものがなかった可能性も。
「サザエさんで言うなら、マスオさんが家長になったと嘘をついてたようなもんですよ」サトウさんがつぶやいた。
サトウさんの塩対応
「シンドウ先生、一応、明日の予定もありますから、早く片付けてください」
冷静な声で言い放たれ、僕はコーヒーを吹きそうになった。
だが、彼女の調査能力は本物だった。議事録に書かれた名前と、実際の押印に不一致が見つかったのだ。
一蹴された僕のお願い
「この後、ちょっと手伝ってくれないか?」
「午後から美容室なので無理です」
やれやれ、、、こっちは命がけなのに。僕は一人、理事長の自宅へ向かう決意を固めた。
管理規約と登記簿の闇
理事長の部屋で見つかった古いファイルには、改ざんされた理事会の決議文書があった。
そしてそこには、現在の登記内容と食い違う記述がいくつもあった。
その瞬間、僕の中で何かがつながった。これは単なるミスではなく、意図的な“上書き”だ。
古い所有者の名前が残されたまま
なんと、議事録には数年前に引っ越した住人の名前が署名されていた。
つまり、それ以降の議決は無効。この理事長体制もすべて砂上の楼閣。
僕は手帳にメモを取りながら、ふと「これはコナンくんでも三分かかるやつだな」と思った。
夜のマンションでの潜入
再び現場に戻ったのは夜十一時。理事長は不在で、部屋はひっそりとしていた。
鍵を開けて入った会議室の中で、僕はあるものを発見する――黒く焼け焦げた紙片だ。
それは間違いなく、シュレッダーで処分された議事録の一部だった。
共用部のカメラに映る影
映像を巻き戻すと、深夜に理事長が何か大きな袋を運んでいる姿が映っていた。
その袋がゴミ置き場に投げ入れられた数分後、焼却炉の炎が一際高く燃え上がったという。
「まるで怪盗ルパンの予告状を燃やしたみたいですね」サトウさんが淡々と呟いた。
「議事録」が語り始める
サトウさんの手により、復元された紙片から筆跡と内容の一致が確認された。
それは、本来の理事長交代を記した真の議事録だった。
つまり、現理事長は「なりすまし」だったのだ。
筆跡と押印の一致
警察にも提出され、筆跡鑑定が実施された結果、一致したのは“前”理事長のものであった。
つまり、議事録を偽造したのは、退任を拒んだ理事長本人だったのだ。
僕はようやく、静かに深く息を吐いた。「やれやれ、、、やっと終わりが見えたか」
結末は静かに封印された
総会は無事に開催され、新しい理事長が正式に選出された。旧理事長は「健康上の理由」で辞任。
告発はされず、全てがなかったこととして処理された。真相は議事録と共に、封印された。
僕は帰り際、ふと空を見上げる。今日も、疲れた一日だった。