書類が戻る日

書類が戻る日

朝の電話と沈黙の依頼人

朝の9時前、まだコーヒーの香りが事務所に漂っている中、一本の電話が鳴った。
電話口の男は中年の声で、はっきりとした言葉を選びながらこう言った。
「すみません、売渡証書が……なくなったんです」。

不在の売渡証書

昨夜まで自宅の金庫にあったという売渡証書が、朝になると忽然と消えていた。
鍵は閉まっていた。家族も知らない。盗難の形跡もなし。
まるでコナン君の回想シーンみたいに、書類だけがふっと消えていたのだ。

依頼人の挙動と妙な言い訳

男は「誰にも渡していない」と繰り返すが、話の端々に不自然な間があった。
しかも、なぜか当該不動産の固定資産税の納税通知書が一緒に持ち出されていた。
それを尋ねると、男は「いや、それは……」と黙りこんだ。

サトウさんの冷たい推理

サトウさんがカチャリとPCのキーを打ちながら、目だけで僕を見る。
「その人、証書をわざとどこかにやった可能性、ありますね」
まるでルパン三世の次元のように、無駄のない一言だった。

事務所の書類棚にあったはずの違和感

僕はふと、登記申請の控えが保管されている棚を覗いてみた。
見慣れた封筒が、少しだけ前に出ていた。
中を開けると、依頼人の署名捺印入りのコピーが残っていた。

コピー用紙に残る不可解な痕跡

そのコピーの角には、微かに赤いシミがついていた。
それは封筒の朱肉が乾く前に閉じられた時の跡とそっくりだった。
つまり、誰かが急いで書類を偽造した可能性があった。

元野球部の足で現地調査

「ちょっと出てきます」
僕はボールを追う外野手のような気持ちで、依頼人の家の周辺へ向かった。
自転車に乗った子どもが「こんにちはー」と言ってくれるだけが救いだった。

登記簿と住所が一致しない

登記簿に記載された地番と、実際に男が言っていた番地が食い違っていた。
一字違いの番地に建っていたのは、男の元妻の家だった。
何か意図的に誤認させようとする狙いを感じる。

近所の噂と怪しい訪問者

「最近、変な男がこのへんに来てたわよ」
近所のおばさんが言うには、男が夜中に元妻宅のポストを漁っていたという。
「やれやれ、、、泥沼離婚の名残がこんなところにまで」と、思わず頭をかいた。

封筒のすり替えとカギの不一致

男の家に戻り、金庫を調べさせてもらうと、封筒の糊の合わせ目が緩かった。
裏面に「証書在中」と書かれた封筒だったが、中身は古い納税書類だった。
カギは合っていても、信用は壊れていた。

「やれやれ、、、これは泥沼の気配だ」

一件の不動産登記が、まるで探偵漫画の複雑な事件のようになっていた。
僕はため息をつきつつ、サトウさんに「このままでは終われないね」と声をかけた。
彼女は「それ、3回目ですよ」と淡々と返してきた。

家族名義のトリック

調べを進めると、男の父親名義の不動産に同じような偽造証書が存在していた。
どうやら、売渡証書を利用して財産分与を操作しようとしていたらしい。
「遺言書の前に、家族会議ですね」と僕はつぶやいた。

サトウさんの一喝と逆転の一手

「この人、絶対に父親の筆跡を真似してます」
サトウさんが印鑑証明書の文字をルーペで見比べて、声を上げた。
まるでキャッツアイが偽物の美術品を見破るような瞬間だった。

筆跡から浮かび上がるもう一人の存在

筆跡は父親ではなく、元妻の兄のものに酷似していた。
つまり、元夫婦の両家が結託して別名義の売却を仕組んだ形になる。
売渡証書は「演出」のために消された小道具だったのだ。

司法書士が動く瞬間

僕は管轄の法務局に即時通報し、不正登記の抹消手続きを準備した。
「司法書士も、たまには正義の味方っぽいとこ見せないとな」と独りごちる。
すると後ろから「たまには、じゃないと困ります」と聞こえた。

証書はどこに消えたか

結局、売渡証書は依頼人の車のグローブボックスから見つかった。
本人も覚えていなかったらしく、「なんでこんなとこに…」と青ざめていた。
うっかりというか、確信犯というか、もう呆れるしかなかった。

銀行の貸金庫と嘘のアリバイ

男は「貸金庫に移した」と言い訳していたが、通帳にその記録はなかった。
どうやら、自分で隠したことを忘れるという天然の嘘だったらしい。
まるでサザエさんのカツオくんのような話だった。

犯人の動機と偽造の理由

男は、元妻に借金があったことを隠したくて書類をすり替えようとした。
それが偽造にまで発展し、関係者を巻き込んだ茶番となった。
「家族と金は混ぜるな」と、どこかで聞いたような教訓が胸に残った。

そして書類が戻る日

数日後、正式に抹消登記が完了し、正規の手続きを経て書類は戻ってきた。
依頼人も「本当にお世話になりました」と平伏しながら頭を下げた。
僕はそれに応じながら、背中越しにそっとため息をついた。

依頼人の涙と真実の確認

書類を手にした男は涙をこぼし、「父に申し訳ないことをした」とつぶやいた。
僕はその背中に「これから取り戻せばいいんですよ」と声をかけた。
サトウさんは黙って机の書類を整えていた。

疲れた帰路とサトウさんの無言

事務所を出ると、もう日は傾きかけていた。
コンビニで缶コーヒーを買って振り向くと、サトウさんが少しだけ笑っていた。
「やれやれ、、、また一日が終わったな」と僕は小さくつぶやいた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓