静かな町に届いた一本の電話
夏の夕暮れ時、事務所に鳴り響いた電話の声は、僕の記憶を十数年ぶりに呼び起こした。 「シンドウか?俺だ、コバヤシだ。姉貴がいなくなったんだ。」 旧友の言葉は唐突で、しかしどこか切実だった。僕は思わずペンを落とした。
旧友からの依頼
コバヤシは中学の野球部でのチームメイトだった。お互い肘を壊し、甲子園を夢見て散った口だ。 彼の姉が数ヶ月前から消息を絶ち、今は彼女名義の家だけがぽつんと残されているという。 警察には届けたが、「自発的な失踪」として扱われ、手詰まりだという。
行方不明になった姉の登記
僕が調べた登記簿によると、確かに彼女の名義のままだったが、気になる点が一つあった。 住所欄に記載された転居先の住所が、直前の登記とは一致していない。 つまり、誰かが意図的に修正を入れた可能性がある。
訪問した空き家の違和感
翌日、僕はコバヤシとともに問題の家を訪れた。外観は古びていたが、人が住んでいた気配があった。 郵便受けには新しいチラシがなく、庭の草もそれなりに手入れされている。 つまり、”誰か”が最近までいたということになる。
誰かが住んでいる痕跡
玄関には靴の跡が残っており、窓際にはカーテンがしっかり閉められていた。 風通しの悪い空き家にしては、内部が妙に整っているのも気になった。 僕の中で何かが引っかかったが、それが何かはまだわからなかった。
鍵のかかっていない裏口
コバヤシがふと裏口を確認すると、驚いたことに鍵がかかっていなかった。 「念のため中を確認しよう」と言いながら、僕らは家の中へと足を踏み入れた。 埃っぽい匂いとは裏腹に、冷蔵庫の中には最近買われた食品が並んでいた。
サトウさんの冷静な指摘
事務所に戻り、僕は調査内容をサトウさんに報告した。彼女は黙って聞いていたが、 登記簿の写しを見た瞬間、「これ、いつものフォーマットじゃないですね」と口にした。 まるで名探偵コナンの蘭が角を立てて正義感を発揮するように、サトウさんは淡々と語った。
登記簿の時系列にズレがある
確かに、彼女の言う通り、登記簿の記録には日付に微妙なズレがあった。 住所変更の登記が所有権移転より後になっている。 普通はあり得ない順序だ。何かがおかしい。
所有権移転登記の奇妙な日付
しかも、所有権移転の日付が平日ではなく日曜日になっていた。 法務局は日曜に稼働しない。つまり、これは手続きが偽造された可能性がある。 「誰かが裏で操作してますね」とサトウさんは冷たく断じた。
地元の法務局で見つけた不審な書類
翌日、僕は地元の法務局に出向き、彼女の過去の登記資料を片っ端から確認した。 すると、奇妙な印鑑証明が添付されていたものを発見した。 拙い筆跡の署名、にじんだ印影、それらはあまりにも不自然だった。
真っ黒な印鑑証明
通常は鮮明に残るはずの印鑑証明が、まるでコピーを何度も繰り返したような黒ずみ方だった。 提出書類としては不適格なレベルのものが、なぜか通っている。 背筋が冷たくなるような感覚が僕を包んだ。
依頼人のサインに違和感
さらに目を凝らして見ると、登記原因証明情報の中に記載されたサインもどこか違和感があった。 コバヤシの姉の筆跡とは明らかに異なるのだ。 この時点で、僕は不正登記の可能性を確信した。
元野球部の勘が冴える
そういえば、彼女の家の土地の形が妙に記憶と違っていたことを思い出した。 中学の頃、彼女の家の庭でキャッチボールをした記憶がある。 当時はもっと広かったはずだ。
かつての町内大会の記憶
あの頃、僕らはこの町で一番広い庭を誇りに思っていた。 それが今は、塀で区切られて小さくなっている。 まるで誰かに土地を切り売りされたかのようだった。
土地の形が変わっていた理由
古い公図と照らし合わせた結果、隣家との境界が一部ずらされていることが判明した。 つまり、誰かが登記をいじり、境界を偽装して売却したのだ。 そこには彼女の意思などまるで反映されていない。
再び訪ねた空き家の深夜の光
夜、ふとした思いつきで再び空き家を訪れると、内部から微かな光が漏れていた。 僕はそっと近づき、窓から中を覗いた。 誰かがリビングのソファに座っていた。
誰かが内部に潜んでいた
その影は、女性のようだった。だが顔ははっきり見えない。 僕は恐る恐る声をかけたが、返事はなかった。 しばらくして、光はふっと消え、影もいなくなっていた。
鳴り響く古い目覚まし時計
翌朝再び訪れると、リビングのテーブルの上には古びた目覚まし時計があった。 その時刻は、例の登記が行われたはずの日曜の午前九時を指して止まっていた。 まるで何かを示すように、静かにそこにあった。
サトウさんが暴いた登記の罠
戻るなり、サトウさんが机に広げた資料を僕に見せた。 「これ、委任状の住所が不一致です。名義貸しですね」と冷ややかに言う。 そう、彼女の名義を騙った人物がいたのだ。
名義貸しと偽造委任状
その人物は、古い知人を装って委任状を作成し、彼女の土地を勝手に売却していた。 しかも、書類上は全て正規に見えるように巧妙に偽装されていた。 これぞ現代の怪盗キッドならぬ「登記キッド」の仕業である。
二重登記のからくり
そして二重登記に見せかけ、裏で本来の土地所有者の記録を消す細工がされていた。 そこまでしてでも欲しかったのは、都市開発計画に絡んだ土地の価値だった。 汚い金が静かに動いていた。
事件の核心に迫る
全ての線がつながったとき、僕は再びあの空き家を訪れた。 そこで僕を待っていたのは、意外にもコバヤシの姉本人だった。 「誰にも迷惑かけたくなかったの」と彼女は言った。
妹になりすました女
実は、偽装を行っていたのは彼女の遠縁の従妹だった。 身分証を借り、委任状を偽造し、そして彼女を一時的に軟禁していたのだ。 彼女が姿を消していたのは、自ら身を隠していたからではなかった。
過去の借金と土地の価値
コバヤシの姉はかつて借金の保証人になり、返済のために土地を売ることを検討していた。 そこに目をつけた従妹が、勝手に話を進め、登記を操ったのだった。 しかし結局、罪は隠し通せなかった。
司法書士シンドウの一手
僕は即座に法務局に再申請を出し、錯誤による登記の訂正手続きを行った。 民事調停の準備も始め、被害回復に向けた段取りを整えた。 やれやれ、、、まったく、登記は嘘をつかないが、人間はつくんだから困る。
登記原因証明情報の再検証
過去の登記記録をすべて洗い直し、訂正可能な余地を法的に固めた。 従妹は後日、私文書偽造と登記法違反の疑いで警察に出頭することとなった。 司法書士の仕事は、こうして誰かの未来を正す手助けでもある。
サトウさんとの絶妙な連携
事件がひと段落ついた後、サトウさんは「まあ、多少は役に立てましたね」とだけ言った。 「多少って、、、君がいなけりゃ何も分からなかったよ」と返すと、 「じゃあ給料上げてください」とだけ返された。うう、、、耳が痛い。
やれやれ事件解決だが
事件は解決し、土地も無事に元の持ち主へ戻された。 だが心には何かしらの傷が残った。 コバヤシの姉から届いた手紙には、こう書かれていた。
消えた姉の最後の手紙
「この土地があったから、私は今まで頑張れました。守ってくれてありがとう。」 その筆跡は震えていたが、力強かった。 人の心と土地は、登記簿以上に深く結びついているのかもしれない。
この仕事は本当に割に合わない
帰り道、車の中でつぶやいた。「やれやれ、、、この仕事、本当に割に合わないよな。」 けれどまた、明日も登記簿を開いて、誰かの未来を守る仕事をするのだろう。 だって、それが司法書士だから。