登記簿に現れた名前

登記簿に現れた名前

登記簿に現れた名前

地方都市の片隅、湿った朝の空気に混じって、古びた司法書士事務所のドアが静かに開いた。 「すみません、登記について相談がありまして」と、スーツ姿の男が小声で言った。 彼の手には一枚の登記事項証明書、しかし記された名前は——明らかに、本人のものではなかった。

謎の依頼人が訪れた朝

「おかしいんです、自分の土地なのに、知らない人の名前が載っているんです」 依頼人は青白い顔でそう告げた。シワのよった手が震えていたのは寒さのせいではない。 横でメモを取るサトウさんのペン先がぴたりと止まり、静かに僕を見た。

見覚えのない土地の登記相談

話を聞けば、その土地は彼の亡き祖母から相続したはずのものだった。 だが、法務局の登記簿には「矢野秀樹」という全く別人の名が、所有者として記されていた。 「昔、仮登記とかしてませんでしたか?」と問いかけると、男は首を横に振った。

サトウさんの冷静な受け答え

「念のため、登記の履歴を取得しましょう」とサトウさんが即答した。 彼女の声は冷たいが、いつも的確だ。僕はうなずいて、書類作成に取りかかった。 「やれやれ、、、また一筋縄ではいかないパターンか」と、思わずため息が漏れた。

記録された所有者の違和感

取得した履歴を見て、僕の目が止まった。 平成十八年に一度だけ、登記名義が移転していた。原因は「売買」。 だが、売主欄には依頼人の祖母ではなく、全く別の第三者の名前が記されていたのだ。

登記簿の筆跡と日付に異変

不思議なのは、登記原因証明情報の日付と実際の登記日が数ヶ月もずれていた点だった。 しかも登記官の名前も記録に残っていない、まるで幽霊が手続きを行ったかのような履歴だ。 ここで僕の推理アンテナが反応した。これは、故意に登記がいじられている可能性がある。

過去の登記原因をさかのぼる

さっそく過去の公図と閉鎖登記簿も取り寄せる。 すると、かつて一度だけ隣接地と筆界未確定で争いが起きていたことがわかった。 「境界問題に乗じて、誰かが登記をすり替えたのかもしれません」とサトウさんがつぶやいた。

消えた依頼人と封印された権利書

ここで依頼人が連絡を絶った。電話も通じず、手紙も戻ってくる。 ふとした直感で、昔の登記に関わった司法書士を調べてみた。 すると、一人の名前が浮かび上がった。十年前に業務停止処分を受けた、通称「怪盗士」。

法務局のアーカイブ調査

アーカイブをさかのぼると、当時その司法書士が関与した案件は多くが問題になっていた。 筆界の不明瞭な土地を狙って、依頼人不在で仮装売買を演出する——まるでルパンのようだ。 「正義の味方は仮面をかぶらないが、こっちは印鑑証明で仮面をかぶる」と皮肉が頭をよぎる。

近隣住民が語る前の持ち主

現地調査に赴き、近隣住民に話を聞く。 「昔、ヒデキさんって男が来て、ここの家を買ったって言ってたけど、数ヶ月でいなくなったよ」 「ヒデキ」——矢野秀樹。その名は確かに登記簿にあった。

判明したもう一つの住所

古い住民票を調べると、矢野秀樹の本籍地は別の場所だった。 そこには、廃屋同然の平屋が残っていた。 そのポストに、事件の鍵を握る封筒が投函されていたのだ。

現地調査で見つけた空き家

ドアは壊れ、内部は埃だらけだった。 だが、押し入れの中に茶封筒があり、そこに未提出の登記関係書類が残されていた。 それは明らかに、名義変更の意思がない依頼人祖母の筆跡で拒否された契約書だった。

表札に刻まれた謎の苗字

「井手川」——全く別の名字が表札に残されていた。 矢野秀樹は、この家を偽名で使っていた可能性が高い。 僕は再び法務局へ向かい、登記抹消の準備に取り掛かった。

二重登記の真実と故意の疑惑

結論から言えば、名義移転はすべて架空の取引に基づくものだった。 祖母は最後まで売却に応じておらず、権利書も封印されたまま残っていた。 依頼人が失踪したのも、彼自身がその一部を仕組んでいたためだった。

誰が何のために書き換えたのか

依頼人は、土地の値上がりを狙って祖母の死後に名義変更を正当化しようとしていた。 だが、途中で関係者が口を割り、計画は頓挫。今は所在不明だ。 「まあ、、、結局登記は正直に戻すしかないんですよね」と、僕はポツリとつぶやいた。

やれやれ、、、証拠を集める羽目に

何枚もの資料を集め、関係者の証言もまとめ、ようやく登記抹消の登記原因が固まった。 「やれやれ、、、相続より疲れますねこの手のやつは」と肩を落とす。 サトウさんは「ごはん抜きにする気ですか」とだけ言い残して昼休みに消えた。

真相解明と司法書士の逆転劇

抹消登記が無事完了し、土地の名義は元の状態に戻された。 すべての経緯を書面にし、関係部署に提出。サトウさんの段取りは完璧だった。 元野球部として、ようやく一発打てたような気がした。

名義人の生死と隠された相続

依頼人は依然として行方不明のままだが、少なくとも違法な登記は正された。 本来の相続人である姪が現れ、涙を流しながら礼を言った。 彼女の手には、祖母から届いた未開封の手紙が握られていた。

サトウさんのひと言で決着

「結局、登記って嘘は書けないんですよ」 そう言いながら、彼女は印鑑の位置を僕に指示した。 僕は素直にハンコを押しながら、内心こう思った——やっぱり彼女がいないと何も進まない。

事件の終わりと僕のいつもの昼飯

事務所に戻ると、机の上にはレトルトカレーとメモ書き。 『今日は温めてから食べてください』——あのサトウさんが書いたと思うと少し嬉しい。 やれやれ、、、この世界で信用できるのは、登記簿と彼女くらいかもしれない。

カレーのルウは熱くても事件は冷めて

食べながら、ふと壁の登記法のポスターを眺めた。 「正しい記録こそ、未来への鍵」——今はその言葉の意味が少しだけわかる気がする。 もうすぐ午後の予約がある。次は、離婚に関する登記らしい。休む暇はなさそうだ。

登記簿は語らないが真実は残る

登記簿には、感情も経緯も書かれない。ただ結果だけが記録される。 だが、その背後には必ず、人間のドラマがある。 司法書士という仕事は、その影をなぞるようなものなのだ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓