登記簿に眠る死者

登記簿に眠る死者

朝届いた一通の封書

八月の朝は蒸し暑く、扇風機だけが事務所内で健気に働いていた。 そんな中、郵便受けに投げ込まれた一通の封書が、今日の平穏をあっさりと打ち破ることになった。 差出人は「相続代表人 田村」。しかし、添付されていたのは見慣れない書式の委任状と、黄ばんだ登記識別情報通知だった。

名義変更の依頼と奇妙な添付書類

封書には「至急、名義変更をお願いしたい」とだけ走り書きされていた。 だが問題はその委任状。押印がかすれ、署名が妙に震えている。筆跡も均一でない。 まるで誰かが“それらしく”書いたような、不気味な違和感がそこにはあった。

怪しい依頼人の正体

依頼人の田村はその日の午後、事務所に現れた。スーツにネクタイ、口調も丁寧だったが、なにかが引っかかる。 名義人との関係を尋ねると、「遠縁です」と歯切れが悪い。さらに相続人は自分一人だけだという。 だが、家族関係図の提出もないまま、名義変更だけを急ぐ姿勢にサトウさんの眉がぴくりと動いた。

遺産整理を名乗る男の違和感

「この人、たぶん本当の相続人じゃないです」 サトウさんの一言に、冷たい氷を背中に流し込まれたような感覚が走る。 僕は頷きながら、あの名作アニメに出てきた“怪しいタマの偽物”を思い出していた。見た目は同じでも、何かが違う。

調査を始めた理由

さっそくオンラインで登記簿を確認すると、確かに名義人は15年前に所有権を取得していた。 だが、不自然な点がひとつ。住所が市外のままになっており、住民票上の動きがない。 これは“死亡してそのまま”の可能性がある。つまり、今回の名義変更は成立しない可能性がある。

登記情報の不一致と名義人の死亡確認

戸籍の附票を追いかけ、ようやく辿り着いたのは死亡届の記録。名義人は5年前に他界していた。 「なのに、委任状が最近の日付っておかしくないですか?」とサトウさんが言う。 ああ、やれやれ、、、。本当に“死人に口なし”で片付けようとしてるのか。

シンドウの現地調査

僕は古びた地図を片手に、対象地の確認へ向かった。夏草が茂る空き家が、静かに佇んでいた。 玄関先には朽ちた表札、周囲には誰も住んでいない雰囲気。 だが、裏手に小さな墓地があり、そこに刻まれていた名前は“名義人と同姓同名”だった。

村に残された空き家と墓

墓には“平成三十二年”と間違えた年号が掘られていた。誰かが無理に後から加工したように見える。 つまり、墓もまた“演出”されていた可能性があるのだ。 「こりゃコナン君でも驚くね」と僕がつぶやくと、サトウさんは「せめてまともな推理をしてください」と呆れた。

サトウさんの推理

「おそらく、依頼人は本人になりすましています。本物の相続人が名義を変更しようとしてるのに、先回りして偽造書類を出したんです」 「証拠は?」と僕が尋ねると、サトウさんは淡々と答える。「この筆跡、他の書類と比べて全然違います」 ほんと、どこのキャッツアイだよってくらい手際がいい。

証拠となった古い登記簿

司法書士会の保管資料から引っ張り出した旧登記簿の写しに、興味深いメモが残っていた。 それは、名義人自身の直筆らしき走り書き。「この土地は、息子には渡すな」と読めた。 その瞬間、全てのピースが揃った気がした。

名義変更されない理由

つまり、依頼人は“息子”だった。そして名義人は生前、その息子に土地を渡すことを拒んでいた。 それを知りながら、息子は偽造委任状で強引に名義変更を図ったということだ。 死者は語らない。しかし、登記簿は嘘をつかない。

やれやれ、、、登記官に連絡だ

僕は登記官に経緯を説明し、名義変更手続の一時停止を依頼した。 その後、戸籍と証拠書類一式を持って、法務局に報告書を提出する。 慣れた手続きでも、こういうときは胃が痛くなる。

名義を巡る犯行の全貌

結果的に、依頼人は有印私文書偽造の疑いで逮捕されることとなった。 本来の相続人は、名義人の妹であり、遠方で静かに暮らしていた。 彼女は「兄の遺志を守ってくれてありがとう」と、手紙で感謝を伝えてくれた。

結末と一杯の缶コーヒー

事件は終わった。だが、事務所に戻れば次の書類が机に積まれている。 自販機で買った缶コーヒーを手に、僕は椅子に座り込んだ。 「やれやれ、、、ほんと、毎日がミステリーだよ」

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓