登記簿に沈む疑惑

登記簿に沈む疑惑

朝の一報と依頼人の来訪

午前八時。まだコーヒーに口もつけていないうちに、事務所の電話が鳴った。しぶしぶ受話器を取ると、相手は妙に慌てた口調の中年女性だった。曰く、父親の名義の土地に仮登記がされていたことを最近知り、不安で夜も眠れないという。

「よくあることですよ」と言いかけて口をつぐんだ。サトウさんがこちらをじっと見ていたからだ。

彼女の無言のプレッシャーは、時に尋問のように鋭い。

謎の電話とサトウさんの無関心

電話を切ったあと、机に頬杖をつきながらサトウさんに事情を説明するが、返ってきたのは「ふーん、それだけですか」の一言だった。冷たい対応にも慣れたつもりだったが、やはり少し心が折れる。

「やれやれ、、、」と呟くと、彼女はパソコンに向かいながら「いつものやつですね」と、サザエさんの波平のごとく締めくくった。

そんな月曜の朝は、事件の匂いがしてならない。

仮登記が語る過去の影

登記簿を精査すると、確かに数年前に仮登記がなされていた。債権者名義で、一部の土地にだけ。奇妙なのは、その後本登記に至っていないことだった。

通常、仮登記は保全のために使われる。しかしこれは妙に不自然で、まるで何かを隠すために意図的に置かれているように見えた。

いずれにせよ、これは現地を見なければ話にならない。

名義のズレが意味するもの

法務局で取得した最新の登記簿と、依頼人が持参した相続関係図にわずかなズレがあった。仮登記の名義人は依頼人の父とは全く接点がない人物で、関係者欄にも記載がない。

「これ、なんか変ですね」とサトウさんがポツリ。彼女がそう言うときは、大抵当たっている。

調べるべきは、名義人よりも、その背後にいる影の人物だ。

被相続人の足跡を追う

依頼人の父親は十年前に他界し、その土地は長らく空き家だったという。相続登記も終えていたが、今回の仮登記はそれとは無関係に見えた。

過去の住所を調べ、戸籍をたどると、父親にはもう一人、隠し子のような存在がいたことが浮かび上がった。

「こういうの、たまにあるんですよ」と自分に言い聞かせるように呟いた。

除籍謄本に浮かぶ知られざる人物

除籍謄本には、ある女性の名前が記されていた。依頼人にはまったく聞かされていなかった人物だ。しかも、その女性が亡くなったのは仮登記の直後だった。

「これは偶然じゃないですね」とサトウさん。眉一つ動かさず、淡々と事実を並べていく。

背筋がぞくりとした。これは相続をめぐる、小さな犯罪の匂いがした。

不審な住所と空き家の真実

仮登記名義人の住所を訪ねると、そこは草が生い茂り、郵便受けには数ヶ月分のチラシが溜まっていた。明らかに人の気配はなかった。

近所の人に聞き込みをしてみると、「若い男がたまに来ていたが、最近は見ない」という証言が得られた。

やはり何かが起きている。小さな点が、少しずつ線になっていく。

近所の噂と誰も見たことのない住人

聞き込みの中で、「住人は見たことがない」という話が何件も出た。にもかかわらず、公共料金の支払いは滞っていなかった。つまり、誰かが陰で動いている。

「影武者か、はたまた架空の存在か」と、まるで怪盗キッドを追うような気分になる。

しかしこれはマジックではなく、法律と登記の世界だ。

元名義人の突然の失踪

仮登記名義人は実在するが、すでに行方不明になっていることがわかった。親族も居場所を知らず、警察にも行方不明届が出ていた。

この失踪と仮登記のタイミングが一致している。何かを知っていて、消されたのか?

「まさか、とは思いますけど」と呟くと、サトウさんが「その“まさか”がよくあるんですよ」と冷静に返してきた。

資料に残された最後の足取り

最後に確認されたのは、土地の仮登記直前、近隣の司法書士事務所を訪れていたという記録だった。だがその事務所はすでに廃業しており、記録も散逸している。

わずかに残っていたスケジュール帳には、「N」とだけ書かれていた。

「頭文字だけじゃ、ルパン三世の次元並みに謎だな」と独り言が出た。

登記申請書の矛盾点を突く

調査の結果、仮登記申請書に添付された印鑑証明の日付が、すでに名義人が行方不明になったあとだった。つまり、第三者がなりすましをして申請した可能性がある。

なりすましの手口は荒いが、司法書士の目をごまかせるレベルには達していた。油断すれば見逃していたかもしれない。

「うっかりしていたら、私も騙されてたかも」と苦笑した。

印鑑証明の日付が示す違和感

さらに、印鑑証明の発行場所が遠方の役所だったことが判明。名義人の居住地からは到底足を運べない場所だった。

「なぜそんな遠くで?」と思ったが、それこそが偽装の証だった。役所の監視の甘さを突いた犯行だ。

やがて、ひとつの名前が浮かび上がった。

手続きに潜む第三者の介入

登記申請を代行した人物が、実は依頼人の従兄弟であることが分かった。彼は長年土地に執着しており、相続の話が出るたびに名乗りを上げていたという。

彼は事情を知らぬ司法書士を通して仮登記を進め、計画を水面下で進めていた。だが、名義人の失踪をもって破綻しかけていた。

その情報を、依頼人の父親は知っていたのだろうか。

登録免許税の支払い者に不自然な動き

支払い記録を追うと、税の納付者が依頼人でも名義人でもない人物だった。これは明確な不正の証拠だった。

「これはもうクロですね」とサトウさんが言い、淡々と警察への通報準備を始めた。

彼女の判断は早く、確実で、冷たいが正しい。

司法書士シンドウの現地調査

現場を訪れたとき、ふと目に入ったのは、土地の境界を示す杭だった。微妙にずれていた。

そのズレは、意図的に一部の土地の形状を変え、測量図を混乱させるためのものだった。

その細工に気づいた瞬間、全てがつながった。

土地の境界にあった不審な杭

杭には新しい土がかぶさっていた。誰かが最近、手を加えた証拠だった。

「ここまで来ると、逆に感心しますね」とサトウさんが呟いた。

それは犯人の努力への皮肉であり、司法書士としての怒りでもあった。

サトウさんの冷静な指摘が突破口に

サトウさんが指差した一通のメールに、決定的な証拠があった。そこには犯人が使っていた別名義の振込先口座が記されていた。

司法書士としてではなく、探偵としての勘が働いた。あとは警察の出番だ。

「サトウさん、やっぱり探偵向きだな」と言うと、「給料上げてくれるなら考えます」とだけ返された。

メールの一文に隠された手がかり

犯人が不用意に残したフリーメールの一文。それが決め手だった。

口座名義と仮登記の偽名が一致していた。これで逃げ道はない。

やはり、細部に真実は宿るのだ。

真犯人の登場と告白

警察が動き出すと、犯人はあっさりと観念した。動機は土地の値上がりによる欲だった。

相続争いに敗れた彼は、仮登記で一矢報いようとしたが、それが命取りとなった。

「法を舐めるとこうなるんですよ」とサトウさんは静かに言った。

動機は相続と家族の確執

結局、事件の根っこには古い家族の確執があった。土地という存在が、それを露わにしたのだ。

司法書士の仕事は、こうした人間の感情と常に隣り合わせだ。

「人間ってのは、土地より複雑ですね」と、誰にともなく呟いた。

登記簿が語る本当の結末

仮登記は取り下げられ、土地は本来の名義に戻された。依頼人は涙を流して感謝したが、こちらとしては「やれやれ、、、」というのが正直な感想だった。

登記簿はすべてを記録する。だが、それを読む者がいなければ、真実は浮かび上がらない。

司法書士の仕事とは、時にその「読む者」になることなのだ。

遺言書と仮登記の裏側

実は父親はすでに遺言書で、全てを依頼人に相続させる意思を示していた。だが、その遺言書は仮登記の陰に隠されていた。

書かれた意思と、手続きの現実。その差異が事件を生んだ。

だからこそ、私たちの仕事は重い。

シンドウの帰路とつぶやき

帰りの車の中、サザエさんのエンディング曲がラジオから流れてきた。事件が終わったあとのこの虚無感と、彼女の「来週もまた見てくださいね」が妙にしみる。

助手席のサトウさんは静かにスマホをいじっていた。たぶん、次の仕事の準備だろう。

「やれやれ、、、明日は別件で法務局か」とため息まじりにつぶやいた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓