沈黙する住民票

沈黙する住民票

沈黙する住民票

朝の届出と不審な相談

朝一番、事務所のファックスが唸りを上げた。届いたのは住民票の写し。依頼人から「この人の登記を急いで欲しい」とだけ書かれたメモが添えられている。だが、その住民票の名前に、どこか聞き覚えがあった。

それに何より奇妙だったのは、その人物がこの町に転入してきた日付。システムでは転入処理が行われた直後なのに、建物の所有権移転の準備はすでに完了していたのだ。

「んん?なんか、嫌な予感がするぞ……」と、うっかり印鑑を押しそうになる自分を制した。

登記の依頼か詐欺か

不動産の売買契約に潜む闇

依頼されたのは、駅前の古いアパートの登記。確かに所有者の署名捺印も揃っているし、書類上は完璧に見える。だが、なぜか売主の実印が最新の印鑑証明と一致しない。

「おいおい、まさか印鑑証明まで偽造か?」と自分に問いかけながら、机の上の書類をもう一度めくる。ハンコは本物っぽい。でも、どこかが違う。

まるで怪盗キッドが巧妙にすり替えたような精度の偽造感に、背筋がじわりと冷たくなる。

サトウさんの鋭い一言

「この日付、おかしいですよ」

「この住民票、転入日が先週の水曜になってますけど、その日に役所はシステムメンテで閉庁してましたよ」

サトウさんの指摘に、僕は思わず「さすがだな……」と呟いた。そう、あの日は確か午前中で閉まっていて、窓口は機能していなかったはずだ。

つまり、この住民票は虚偽、または操作された情報の可能性が高い。

市役所での追跡調査

窓口職員が見せた戸惑い

市役所の窓口でその人物の情報を問い合わせた。応対した若い職員が、画面を覗き込みながら眉をひそめる。

「えーっと……すみません、この方の記録、どこかで見たような……あ、これ、旧ファイルのままですね。データだけ移行されていて、実体がないんです」

「え?」と僕は聞き返した。つまり、その住民は“存在するように見えて存在していない”ということか。

やれやれ、、、封印された転出届

消えた申請者と空白の住所

さらに調べると、その人物は数年前にこの町から転出していたことが判明。だが、転入記録にはその前の転出情報が記載されていない。

「データの抜けですか?」と尋ねると、職員は小さく首を横に振った。「封印記録になってるんです」

封印?まるでキャッツアイのように、記録そのものが煙のように扱われている。やれやれ、、、ますます謎が深まってきた。

真犯人は司法書士を試していた

旧友の裏切りと不正登記未遂

事務所に戻ると、依頼人を名乗っていた男が待っていた。顔をよく見ると、大学時代の同期、井出だった。

「お前……まさか」問い詰めると、井出は笑いながら言った。「シンドウ、お前が気づくかどうか試してみたくてな」

どうやら、井出は不動産ブローカーの仕事でグレーな登記を続けており、僕を巻き込もうとしたようだった。

シンドウの逆転ホームラン

うっかり提出し忘れた覚書が鍵に

だが、僕の机の引き出しに、かつて井出からもらった別の登記の覚書が眠っていた。そこには彼の筆跡と同じ偽名が書かれていたのだ。

この書類があれば、井出が何者で、何をしようとしたかは明らかになる。僕は法務局に通報し、未遂で食い止めた。

「逆転満塁ホームランってやつかな……」と呟きながら、久しぶりに胸を張って背筋を伸ばした。

解決と塩対応のエピローグ

サトウさん「次から最初に気づいてください」

「で、あの覚書はどうして引き出しの奥で寝てたんですか?」と、サトウさんがジト目で睨んできた。

「うっかり……というか、なんというか……」と歯切れ悪く答えると、サトウさんは「やっぱり」と一言だけ。

解決したはずなのに、なぜか最後のダメ出しが一番こたえるのであった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓