登記簿が語る家族の境界

登記簿が語る家族の境界

登記簿が語る家族の境界

地方都市の法務局にほど近い場所に、使われなくなった空き家がある。
築五十年は経っているだろう木造二階建ての家は、外壁がひび割れ、風が吹くたびに雨戸ががたついた音を立てていた。
そんな家の登記簿謄本を、俺は依頼人の前でめくっていた。

古びた空き家の謎

依頼人は中年の女性で、どこか人を寄せつけない雰囲気を持っていた。
彼女が持参したのは、亡き父が遺したという一通の手紙と、家の権利証。
「この家、父の名義のままなんです。相続登記をお願いしたいんですが……」
俺は書類に目を通して、ある矛盾に気づいた。

相続人は一人だけ

戸籍を辿ると、相続人は彼女ひとりのはずだった。
だが、登記簿には五年前に彼女の弟の名前が仮登記されている。
「これは……ご存じでしたか?」と尋ねると、彼女はゆっくりと首を横に振った。

謎の依頼人と二通の遺言書

数日後、郵便で新たな資料が届いた。それは、依頼人の父が生前に作成したという二通の遺言書。
どちらも自筆証書遺言だったが、日付がわずか数ヶ月しか違わない。
それぞれで、家の相続先が異なっていた。ひとつは依頼人に。もう一つは、行方知れずの弟に。

遺言執行の矛盾

遺言書を読み解きながら、俺は頭を抱えた。
公証役場の関与もなく、証人もおらず、遺言の信頼性はきわめて低い。
だが、仮登記がなされたという事実が、弟の存在を裏付けるように思えた。

サトウさんの冷静な推理

「シンドウさん、これ、筆跡が違います」
サトウさんは俺の机に並べられた遺言書をじっと見比べていた。
「一通は父親のものでしょうけど、もう一通は明らかに他人の筆跡です。しかも、この『名義変更』の字、法務局で見た印字と酷似してます」

消えた名義変更申請書

依頼人の父は、生前に何度か名義変更の相談を法務局にしていたらしい。
だが、正式な申請は出されていなかった。
おかしいと思い、俺は法務局に照会をかけたが、「該当する記録は存在しない」という回答だった。

登記完了通知の罠

通知書の控えが出てこない。代わりに見つかったのは、コピーされた通知風の紙。
宛名は弟のものになっており、記載された受付番号は架空のものだった。
「やれやれ、、、誰かが偽造したってことか」俺はため息まじりに独り言を漏らした。

法務局の静かな抵抗

法務局の担当者は、それ以上は語ろうとしなかった。
それどころか、「非公式だが、最近不審な問い合わせが多くて…」とだけ言って、目配せしてきた。
俺は、何かがこの件の背後で動いているのを感じた。

過去の登記に潜む影

仮登記がされた五年前、何があったのかを調べるうちに、父親が地元の金融業者とトラブルを抱えていた事実が浮かんだ。
どうやら、借金の担保として家を弟に名義変更しようとしていたらしい。
だが、正式な契約には至らず、父親は病に倒れてしまった。

記録と記憶の食い違い

依頼人の記憶と、残された記録は食い違っていた。
「弟は、父に捨てられたと思い込んでいたんです。でも、父は、彼に家を渡そうとしていたかもしれない」
依頼人の声は震えていた。

司法書士が見た真実の断片

俺は、依頼人と話し合いながら、登記の整理を始めた。
遺言書は無効とし、相続登記を単独相続のかたちで進めることにした。
その代わり、失踪扱いとなっていた弟にも正式に通知を出す手続きを取った。

家族を壊した一本の通帳

通帳の最後の記録には、父親から弟への多額の送金履歴があった。
それが「家の代わり」のつもりだったのかもしれない。
だが、何も知らなかった弟は、裏切られたと思い込んでいた。

サザエさん症候群と日曜日の取引

その日の夕方、俺とサトウさんは事務所でコンビニの焼きそばを食べていた。
「シンドウさん、また日曜出勤ですね。まるで波平さんの定年後みたい」
「そうか、俺の人生、もう日曜日なんだな……」と返すと、サトウさんは無言でタッパーを片付けた。

やれやれで終わらせない結末

数週間後、弟から返信が届いた。そこには短く「ありがとうございます。行く場所がわかりました」とだけ書かれていた。
依頼人は泣きながら手紙を握りしめ、「これで、父も少しは報われる気がします」と言った。
俺はただ、「やれやれ、、、」と呟きながら、古びた空き家の登記簿を閉じたのだった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓