二枚の身分証とひとつの嘘
役所帰りの帰路、ポストの中に差出人不明の茶封筒が挟まっていた。中には一枚の手紙と、身分証のコピーが二枚。運転免許証とマイナンバーカード。どちらも同じ顔写真だが、氏名が違っていた。
差出人の女性の名は「ナカジマユミ」とだけ記されていた。手紙にはこう書いてある。「夫が別の名前で生きている気がします。助けてください。」
やれやれ、、、また奇妙な話が舞い込んできた。いつものように、サトウさんの目が光っていた。
朝の郵便受けに潜む違和感
サトウさんは封筒を手に取り、しばらく沈黙したまま中身を広げた。
「顔は一致してますけど、これは偽造か、重婚か、あるいは別の目的があるかもしれませんね」と彼女は淡々と言う。
私は黙って頷くしかなかった。どうせまた厄介ごとに首を突っ込む羽目になるのだ。
見知らぬ女性からの相談
午後、事務所に来訪したのは30代前半と思われる落ち着いた女性。まるで波平さんのような髪型の夫について語り始めた。
「夫のカバンから、別名義のマイナンバーカードが出てきたんです。知らない女との婚姻届の控えまで…」
偽装結婚という言葉が脳裏をよぎった。まるで名探偵コナンでありがちな展開だが、現実のほうがよほど複雑で後味が悪い。
偽装夫婦という言葉の重さ
「本当にその婚姻届は提出されているのか。戸籍が動いているかどうか調べてみましょう」とサトウさん。
調査を進めると、件の夫は他県に転出しており、そこでは別の女性と夫婦として住民票が存在していた。
これは完全に偽装結婚だ。本人確認資料はその根拠になり得る。
サトウさんの静かな指摘
「登記簿ではなく、住民票の履歴を辿れば手がかりが見つかるかもしれません」とサトウさんは言った。
まるでルパン三世の峰不二子のような静かで冷ややかな視線を残し、彼女はコンピューターを叩いた。
一方私は、手元に残った書類の束を眺めながら、眠気と戦っていた。
本人確認資料が語る矛盾
免許証の発行日とマイナンバーカードの住所変更日がずれていた。
免許証は現住所、しかしマイナンバーカードは二年前の住所のまま。これは引っ越しの際、届け出をしていない証拠だ。
つまり、複数の住所を使い分けている可能性が高い。ますますきな臭くなってきた。
名前が違う二人の過去
夫は5年前に改名していた。理由は「心機一転」と申請書にあったが、どうやらそれは保険金詐欺絡みの過去の清算だったらしい。
改名後に別名義で偽装結婚し、生活保護や各種手当を二重に受給していた形跡が見つかった。
「これって、もう犯罪じゃないですか」私は声を潜めて言った。
昔の登記簿から浮かび上がる真実
謄本を取り寄せた物件の所有者名が、その男の旧名と一致した。しかもその物件は既に他人名義に移されていた。
「これ、不動産の名義を使ってのマネーロンダリングですね」とサトウさん。
うっかりとしか言いようがないが、相続登記の放置がこんな犯罪に使われるとは。
やれやれ出てくるのはいつも俺だ
私は市役所の職員と、警察の生活安全課に連絡を取り、調査報告を提出した。
「民事の範囲を超えてますね。刑事の案件に入ります」と担当者は言った。
やれやれ、、、また余計な仕事が増えるなとため息をついた。
カップラーメンの底にあったヒント
夜、事務所で一人カップラーメンをすする。すると、何気なく読んでいたゴミの中から光るものを見つけた。
それは電子証明書の失効通知。別名義で失効している証明書だ。
本人になりすまして複数の証明書を作っていた証拠が、こんなところに紛れているとは。
スーツ姿の男と住民票
翌日、相談者の夫がスーツ姿で現れた。「誤解ですよ、全部偶然が重なっただけです」と笑っていた。
だが、その男の住所を追跡した住民票には、別の女性との婚姻関係がはっきりと記されていた。
「偶然で住民票に嘘は書けませんよ」とサトウさんが冷たく言い放った。
サザエさんに似たあの夫婦写真
夫婦で提出した証明写真は、明らかにフォトショップで加工された不自然な合成。
「タラちゃんよりも影が薄い旦那ですね」と私は思わず口を滑らせた。
サトウさんは無表情のまま、「ギャグじゃないので」と一蹴した。塩対応にも程がある。
消えた本籍地のトリック
本籍地を架空のアパートに設定していたことで、戸籍が追跡困難になっていた。
それでも我々司法書士には手がある。調査嘱託で一発だ。
「またこれで土日が潰れますね」とぼやいた私に、サトウさんは「そもそも予定ないでしょ」と言ってのけた。
サトウさんの追い詰め方
「今この場で説明していただけますか」と淡々と迫るサトウさん。
相手の男はとうとう観念し、自白を始めた。「生活が苦しかったんです…」
私が何も言わずに頷いたのを見て、サトウさんが一言だけ言った。「今回は刑事告発ですね」
真実の記載と虚偽の申請
戸籍、住民票、本人確認資料――どれも嘘をつかない。しかしそれを操作するのは人間だ。
我々の仕事は、その紙の向こうにある嘘を見抜くこと。
やれやれ、、、司法書士って職業、地味にしては荷が重い。