登記簿が明かす眠れる遺産

登記簿が明かす眠れる遺産

登記簿が明かす眠れる遺産

夏の終わり、蒸し暑さが残る午後に一本の電話がかかってきた。「遺産相続について相談したい」と、少し年配の女性の声だった。どうやら兄が亡くなり、古い実家を巡って揉めているらしい。

「ありがちな話だ」と内心思いながら、俺は来所を促した。だがその声にはどこかしら、切迫した事情と、そして一抹の怖れが混ざっていた。

依頼人は突然に

翌日やって来たのは、小柄な女性とその息子らしき若者。彼女は開口一番、こう言った。「兄が亡くなったのに、遺言が出てきたんです。しかも、私には何も残さないと書かれている」

なるほど、よくあるパターン。俺はサトウさんに目配せした。彼女は無言で資料のコピーを取りに立ち上がった。塩対応なのに、こういうときだけ動きが早い。

遺産相続の裏に隠された家族の秘密

依頼人の話を聞いていくうちに、どうも兄妹の間には長年の確執があったらしい。そして、亡くなった兄には「もう一人の相続人」がいる可能性があるという。それも、戸籍に載っていない者が。

やれやれ、、、サザエさんの波平さんならきっと「バカモン!」と怒鳴ってるところだろう。俺は書類をめくりながら、眉間にしわを寄せた。

奇妙な筆跡と壊れた印鑑

持ち込まれた遺言書は自筆証書遺言だったが、筆跡に妙なクセがあった。達筆すぎる。しかも印鑑がかすれている。司法書士じゃなくても疑うだろう。

「これ、偽造の可能性ありますね」サトウさんが冷静に言った。冷たい目をしてるのに、ちゃんと本質を突く。怖いな、この人。

遺言書に仕掛けられた罠

さらに分析すると、遺言書の日付と死亡診断書の日付がわずかに前後していた。死んでから書いたことになってる。これは、致命的な矛盾だ。

どうやら、誰かが兄の死後に書類を用意し、印鑑を無理やり押したらしい。これはただの争族事件じゃない。立派な犯罪の匂いがする。

不自然な日付と住所の食い違い

さらに調査を進めると、遺言書に記載された住所が、実際の登記簿の地番と一致していない。つまり、この遺言は“この不動産に関する効力”を持っていない。

素人の偽造にしては雑すぎる。もしくは、誰かに急かされて書いたのか。俺はその日、寝る前に名探偵コナンを見ながら、思わず「これより下手なトリックじゃないか」とつぶやいた。

疑惑の相続人たち

依頼人には、他にも兄弟がいたが、誰も所在がわからないという。なかでも長男が行方不明になったというのは大きなポイントだった。これは、相続人不存在の可能性もある。

俺は戸籍の束を睨みつけ、ふと気づいた。ある時期だけ、筆跡の雰囲気が変わっている。まるで誰かが別人として生きていたような記録。

過去に消えた長男の存在

登記簿の附属書類に、20年前の住所変更が残っていた。そこには、今は無き団地の住所が記されていた。サトウさんが一言、「調べてみます」とだけ言ってその場を去った。

夕方、彼女は戻ってきて、写真を一枚テーブルに置いた。「これ、見覚えないですか?」そこには、依頼人の兄と一緒に写る若者がいた。依頼人は泣きそうな顔をした。「それ、兄の息子かもしれません」

笑顔の裏に見え隠れする嘘

結局、失踪した長男は別名義で生活していたことが判明し、彼が本来の相続人だった。しかし、なぜか彼は相続を放棄する意思を持っていた。そこに誰かがつけ込んだのだ。

依頼人の息子が、こっそり彼に近づき、金を渡して放棄させたことを突き止めた。まるで漫画『金田一少年の事件簿』みたいな展開だ。だが、真実は書類の中にしか残らない。

サトウさんの冷静な分析

俺が感心している横で、サトウさんは次々と戸籍と登記簿を照合していく。完全に推理マシーンだ。感情がなさすぎて逆に安心感がある。

「これ、住所の番地が1桁ズレてます。登記の変更が抜けてますね」言われて見てみると、その通りだった。偽造者は過去の住所の情報で遺言を作っていたのだ。

相続放棄の記録に潜む違和感

長男の相続放棄は家庭裁判所の記録として残っていた。しかし、その申述書の日付が、放棄をしたとされる日よりも後だった。これもまた、操作された形跡だった。

「タイムリープでもしてたんですかね?」と俺が軽口を叩くと、サトウさんは「無意味なジョークですね」とだけ言った。やれやれ、、、俺は机に頭を打ち付けたくなった。

不動産の影に潜む鍵

最終的に、この事件の鍵を握ったのは、古い不動産の記録だった。法務局の地図保管室で、昭和42年の住宅地図を見つけた。それは、失踪した長男の実家と一致していた。

そこに隠された小屋があったという証言を得た。「あの中に何かある」とサトウさんが言う。俺は蚊に刺されながら、小屋の扉を開けた。

昭和の古地図に隠されたヒント

小屋の奥から出てきたのは、埃をかぶった封筒だった。中には、本来の遺言書が残されていた。筆跡は明らかに本人のもの。印鑑もはっきりしている。これが本物だ。

つまり、誰かが遺言をすり替え、偽造の遺言で遺産を得ようとしていた。そしてそれは、依頼人の息子だった。動機は「家を手に入れて売るため」だったという。

暴かれた真実とその代償

警察に通報し、息子は取り調べを受けた。依頼人は頭を抱えていたが、「兄の本当の思いを知れてよかった」と涙を流した。人はいつだって、最後に許しを求めたくなるらしい。

結局、遺産は法定相続通り分けられ、小屋は取り壊された。あの封筒だけが、すべての真実を伝えていた。

真犯人は誰かのために偽装した

息子は「母のためにやった」と供述した。だが、それが真実だったかどうかは、もう誰にもわからない。登記簿はただ静かにその結果だけを記録する。

俺たちの仕事は、誰かの欲望の痕跡を見抜くことだ。それ以上でも、それ以下でもない。

サトウさんの無表情な一言

「これで終わりですね」彼女はコーヒーをすすりながら言った。俺は深く頷いた。久しぶりにまともに終わった事件だった。終わってよかった。終わって本当によかった。

だが俺の心はなぜか、むなしさに包まれていた。きっと、彼女が笑わないからだろう。

だから言ったでしょう

「最初からおかしかったですよね、筆跡が」サトウさんがぼそりとつぶやく。確かにその通りだった。だが俺の出番がどんどん減っていく気がしてならない。

名探偵じゃなくて、ただの記録係みたいじゃないか。やれやれ、、、。

そしてまた日常が戻る

翌日、事務所には新たな依頼人が訪れていた。「空き家の名義変更について相談したい」と。俺はまた登記簿を手に取る。そして、静かにこう思う。「次はどんな真実が眠っているんだろうか」

サトウさんはすでにパソコンを立ち上げていた。いつものように無表情で、そして頼もしい。それだけが、今の俺の救いだった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓