戸籍の中の幽霊

戸籍の中の幽霊

謎の依頼人が訪ねてきた朝

朝一番、まだコーヒーの湯気も立ち上がらない時間に、事務所の扉が軋んだ音を立てて開いた。 黒のスーツを着た中年女性が一礼し、私の机の前に封筒を置く。「これ、見ていただけますか?」と言ったその声には、妙な湿り気があった。 開けてみると、中には一通の除籍謄本。年季の入った紙に、不自然な訂正印がふたつ、重なるように押されていた。

旧家の戸籍を調べてほしいという依頼

「母の戸籍を調べていたら、何か変なんです」と彼女は言った。 「除籍には確かに名前があるのに、生前の記録がどうにも曖昧で…」 お決まりの、相続トラブルかと身構えるが、封筒に入っていたのは謎の香りを放つ紙切ればかりだった。

一通の封筒と古びた除籍謄本

私の経験則では、こういうケースは大抵、亡霊のような過去を引きずっている。 昭和、いや明治から続くような家系では、親族の生死や関係性が霧の中に消えてしまうことがあるのだ。 この封筒の主も、その霧の向こうに何かを隠しているように感じた。

サトウさんの不機嫌な視線

「また朝から厄介な人ですね」とサトウさんが言った。私の背後で、冷たいアイスコーヒーをカランと机に置く。 「ほら、これ飲んでからにしてください。顔色悪いですよ」 その目線は書類ではなく、私の寝癖に注がれていた。

塩対応と冷たいアイスコーヒー

サトウさんの塩対応は、もはや夏の風物詩だ。カツオくんが波平に叱られるような無力感に包まれながら、私はコーヒーを啜る。 口にした瞬間、その冷たさが胃にまで落ちていく。 その一方で、謄本の記載は私の頭をさらに熱くさせていた。

なぜか封筒を見た瞬間に鋭い反応

「これ、あの名字……昔の新聞で見たことがありますよ」とサトウさんがポツリと呟く。 普段なら聞き流すが、その声には妙な確信があった。 彼女が机の引き出しから取り出したのは、十年前の未解決事件の切り抜きだった。

除籍謄本に潜む違和感

名前、住所、生年月日。全て整っているように見えるその中に、妙な空白があった。 番地が旧地番のまま記載され、訂正もなされていない。そして、名前が二度変わっていた。 理由があって消された過去か、消されてはならない誰かの痕跡か。

名字が二度変わっている女

一人の女性が結婚し、離婚し、そしてまた改名している。よくある話にも見えるが、その間に該当する婚姻届が存在しない。 仮面夫婦のような関係が見え隠れし、背後にもう一人の存在を感じさせる。 まるで怪盗キッドが変装しているような、違和感だけが残った。

存在しないはずの番地と改正前の地番

その番地は、十年前に区画整理で消滅したはずの土地だった。 「この地番、今はもう地図にも残っていませんよ」と、登記システムを確認したサトウさんが首を傾げる。 「なのに、令和になってから訂正されていないんです。不自然ですね」

司法書士としての勘がざわつく

やれやれ、、、また変なのが来た。 戸籍謄本に記された痕跡は、紙の上で誰かの存在を消し、また誰かを蘇らせていた。 これはただの相続トラブルではない。もっと根が深く、静かに何かを隠している。

やれやれのため息と始まる調査

法務局、図書館、そして旧市街の地元民。夏の暑さの中、汗だくで走り回る羽目になった。 まるで探偵団の一員になったような気分だったが、現実はただの中年司法書士だ。 「元野球部なら、もっと体力あるかと思いました」とサトウさんに言われたのは三件目の現地調査の帰りだった。

昔の法務局記録を洗い直す

閉鎖登記簿に記された名字の連なりが、ひとつの事実を示していた。 かつて失踪した女性と同じ名前が、別の名義で記録されていたのだ。 しかもその土地は、相続されていないまま残されている。

村の奥にあった旧姓の墓

古びた石碑に刻まれた名は、除籍謄本にあったものと一致した。 昭和二十年に没したとされるその人物が、なぜ平成の戸籍にも現れているのか。 過去と現在が交錯する場所、それがこの村の裏山だった。

サザエさんの波平も驚く家系の複雑さ

世代を超えて名字が何度も変わり、同じ名前が三代続いている。 まるでサザエさん一家が三重構造になったような混乱ぶりだ。 その混乱の中にこそ、真相が眠っているような気がした。

昔ながらの風習と封印された過去

村では、特定の名字を代々引き継がせるため、戸籍の書き換えが暗黙の了解だったという。 「表には出ないけど、昔はよくあったよ」と墓守の老人が言った。 封印された過去が、今なお戸籍の中で息をしているようだった。

暴かれる真実と改ざんの痕跡

戸籍に残る訂正印、それが何を意味するかようやく繋がった。 死んだはずの人物が、親族の名義を借りて再登録された。 その証拠が、改ざんされた日付と、存在しない番地だった。

戸籍に残された小さな誤記

「この“マ”が“マタ”になってます。手書きならではのミスです」 サトウさんの指摘で見つけたその誤記が、すべての鍵を握っていた。 死者の名前をわざと書き換え、別人として再登場させたのだ。

死んだはずの人物の現在の姿

依頼人として現れた女性は、かつて失踪した娘の娘だった。 だが、その“母”は戸籍の中では既に二度死んでいる。 二重に登録され、二度消された女。それが“幽霊”の正体だった。

ひとまずの解決と重たい余韻

調査報告書を手渡すと、依頼人は深々と頭を下げた。 「母のことが少しだけ分かった気がします」と、涙を堪えながら去っていった。 私の机の上には、未処理の申請書が山積みになっていた。

家族とは何かを考えさせられる午後

血縁も名字も時に人を縛る鎖になる。 それでも、人は誰かと繋がろうとする。 書類の文字の奥に、確かに人の営みがあった。

事務所に戻ってくる静かな風

窓を開けると、蝉の声が遠くから届いた。 サトウさんは既に次の案件を処理していた。 私は椅子にもたれ、深く長いため息をついた。

サトウさんの一言に救われる

「で、申請書、まだ出してませんよね?」 そう言って渡された封筒の中には、今日締切の申請用紙が入っていた。 やれやれ、、、また怒られるのか。

現実は書類の山と納期との戦い

幽霊より怖いのは、法務局の受付時間だ。 私が現実に引き戻されるのは、いつもこういう瞬間だった。 事件の結末は書類で終わる。それが司法書士という職業なのだ。

そして今日も事件は終わる

戸籍の中には、まだ語られぬ物語がある。 文字と印鑑の海の中に、人の記憶が沈んでいる。 明日もまた、誰かの記憶と向き合うのだろう。

戸籍の中にはまだ知らぬ過去がある

だから私は今日も書類をめくる。 その向こうにある、もう一つの人生を見つけるために。 そしてまた「やれやれ、、、」と、呟きながら。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓