診察室に立つ影

診察室に立つ影

朝の来訪者

予定外の相談

ある朝、事務所の扉が開く音がして、サトウさんの冷ややかな声が響いた。「予約はありませんが……」 そこに立っていたのは白髪交じりの男性で、少し挙動不審だった。名刺を差し出しながら、「相談したいことがある」とだけ言った。 妙な気配を感じつつも、僕は奥の応接室へ案内した。

サトウさんの眉が動いた瞬間

サトウさんは静かに一瞥をくれただけだったが、あれは「なにか変だ」と気づいた顔だ。 彼女は何も言わないが、妙な勘の鋭さがある。その顔を見た瞬間から、僕も少しだけ警戒することにした。 まるでサザエさんが波平のハゲを毎日数えているような、地味だが継続する観察力だ。

カルテにない名前

元医師の言葉

男は語った。「私の診断は間違っていたかもしれない。だがそれを確認しに行った時、その患者はもう……」 彼はかつて医師だった。ある女性の癌を見落とし、診断後にすぐ亡くなってしまったという。 しかし遺族から聞いた話によると、その女性は別の医師から『癌ではない』と診断されたとも。

記録と記憶のズレ

気になって調べたが、そのセカンドオピニオンをしたという医師の名はどこにもなかった。 カルテにも紹介状にも、病院の記録にも、その医師の痕跡は見つからない。 「存在しない医師」が診察していた?そんなことがあるだろうか。

夜の診療室

霧の中の目撃情報

地域の病院関係者に話を聞くと、面白い噂が出てきた。「夜中に白衣の人影を見た」という証言が複数あったのだ。 それは閉院後のはずの診察室で、明かりがついていて、誰かがカルテを読んでいたという話だった。 まるで怪盗キッドがトランプ銃で暗闇を切り裂くような、幻想的で不確かな目撃談だった。

開かれた保管庫

僕は元医師の話と目撃証言を重ね、病院の夜間出入口と保管庫の管理記録を調べた。 すると、不定期に深夜の入退室記録が残っていたのだ。使われていたIDカードは、数年前に亡くなった医師のものだった。 「幽霊がセカンドオピニオンをしていた」と言うには、あまりに現実的なデータだった。

隠されたセカンドオピニオン

担当医が二人いた理由

元医師はその亡くなった医師と大学時代の同期だったらしい。 どうやら、自責の念から彼は“彼の存在”を借りて患者を救いたかったようなのだ。 つまり、彼は深夜に白衣を着て、死んだ医師の名を語りセカンドオピニオンをしていた。

診断を巡る争い

真実を知った遺族は、怒りと哀しみに揺れていた。 「なぜ、そんな方法を……」と。その想いはもっともだが、一方で「母はその言葉に救われていた」とも語った。 医師としての倫理と、人としての弱さが、複雑に絡み合った事件だった。

サトウさんの仮説

鍵は電子カルテの履歴

サトウさんが無表情で言った。「カルテの編集履歴、私が復元しました」 彼女が見つけたのは、亡くなった医師のIDを用いた深夜のアクセスログ。 しかも、そこには“訂正前”の診断名が残っていたのだ。

やれやれ、、、やっと繋がったか

「やれやれ、、、」 思わず口をついて出た言葉だった。幽霊の仕業ではなかったが、罪の重さは現実だった。 僕は元医師に対し、名誉や社会的立場ではなく、「あなたが今なすべきこと」を助言するだけだった。

真相の告白

沈黙の理由

彼は法的責任を負うことを覚悟した上で、すべてを遺族に打ち明けた。 それは“赦されること”ではないかもしれないが、少なくとも向き合ったことに意味はある。 遺族は静かに話を聞き、そして最後に一言だけ「ありがとうございました」と言った。

司法書士としての結論

僕たちの仕事は、契約や登記だけじゃない。 ときには、人の過去と向き合い、未来への道を整えることもある。 サトウさんが、ふっと息を吐いて「次の案件、山積みですよ」と言った。現実はすぐに追いついてくる。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓