第一章 忙しすぎる火曜日の朝
雨音と登記簿とコーヒーの匂い
朝からしとしとと降り続ける雨は、まるで僕の気分を代弁しているようだった。 事務所の窓辺でぬるいコーヒーをすすりながら、机の上に無造作に広げられた登記簿を見つめる。 今週だけで3件の相続登記に2件の売買、さらには境界確定の立会いまで。気分はまるで波平の頭髪、本数に余裕がない。
サトウさんの冷たい一言と僕のため息
「昨日の登記、地番間違えてませんよね?」 背後から冷ややかな声が飛んできた。振り返ると、サトウさんが無表情でチェックリストを掲げている。 僕は心の中で「やれやれ、、、」と呟きながら、手元のファイルをそっと閉じた。
第二章 古い土地の登記簿
三重線で抹消された所有者名
その日、持ち込まれた相談は一見普通だった。祖父名義の土地を売却したいが、名義が古くて不安だという。 登記簿を開いてみると、確かに所有者欄には三重線が引かれており、その下には別の名義がかすれて見えた。 昭和四十年の登記で、その後は一度も手が加えられていない。
昭和四十年の売買に隠された違和感
売買原因が書かれているが、売主の住所が存在しない番地だった。 さらに、登記申請の代理人欄には見覚えのある名前――かつて問題を起こした司法書士のものだ。 胸の奥に、何か得体の知れないものがざわついた。
第三章 謎の相談者と封筒の中身
謎めいた地図と「この登記は嘘だ」の言葉
翌日、再び現れた相談者は茶封筒を差し出してきた。 「これ、祖父の遺品です。地図と手紙が入っていて……登記は嘘だと書かれていました」 中から出てきたのは、手描きの地図と汚れたメモ、そして古びた鍵。
地番の下に隠されたもう一つの世界
地図には、現地の地番と一致しない土地の境界が記されていた。 登記簿上の区画と、実際の利用状況が一致していない可能性がある。 「これは、筆界のすり替えかもしれませんね」とサトウさんがぼそりと呟いた。
第四章 登記簿の裏面に浮かぶ暗号
登記簿に落書きされた記号の意味
さらに調査を進めていくと、写しをとった登記簿の裏面に奇妙な記号が書き込まれていた。 最初は落書きかと思ったが、よく見ると土地の面積や方位といった情報が暗号化されているようだった。 「まるでルパンの予告状ですね」と僕が言うと、サトウさんが薄く笑った気がした。
サトウさんが呟いた「これは暗号ですね」
「いや、これは単なるメモじゃない。記録ではなく、証拠隠しの方法です」 そう言って彼女は、A3の地図を机いっぱいに広げ、赤ペンで区画を塗り始めた。 それは、ただの職員には絶対に見抜けない精緻な地番の操作だった。
第五章 消された地権者の名前
相続登記がされていない理由
問題の地番に関する戸籍をたどっていくと、死亡届は出ているのに相続登記がされていない名義人が見つかった。 死亡後、40年に渡って宙に浮いていた名義。そこに、他人の名が滑り込んだ可能性が高い。 やれやれ、、、登記制度の盲点を突いた悪意ほど厄介なものはない。
戸籍と登記の交差点で見つけた手がかり
戸籍には、ある養子縁組の記録があった。 その人物が、現在の登記名義人と同姓同名だった。 完全な偶然か、あるいは計画的な成りすましか――僕の背筋に冷たいものが走る。
第六章 深夜の調査と旧家の謎
一通の古い公正証書
法務局の資料室で偶然見つけたのは、昭和三十五年に作成された遺言公正証書だった。 そこには、今とは異なる地番が記され、特定の人物に土地を与えると書かれていた。 その名前は、現登記名義人の名とも一致しない。
敷地内から出てきた白骨とその鑑定書
決定打は、現地調査の際に見つかった埋設物だった。 警察の鑑定により、それは数十年前に失踪した人物のものと判明する。 そしてその人物は、元の地権者の実子だった――
第七章 真犯人は登記を知っていた
不動産登記制度を利用した完全犯罪
犯人は、登記制度の隙を突いた。 亡くなった人物の戸籍をあえて放置し、他人を名義に潜り込ませる。 行政の目を欺く、完璧なように見える偽装相続だった。
地番と筆界のすり替えトリック
さらに、筆界を微妙にずらすことで地価の高い部分を吸収していた。 地図と実測面積のズレを利用した、法のグレーゾーンを突く巧妙なやり口。 登記簿は事実を写す鏡ではあるが、嘘もまた記録されてしまう。
第八章 法務局とサトウさんと
「あなた、本当に司法書士なんですか?」の一言
事件をまとめて報告する帰り道、サトウさんがポツリと言った。 「でも、これだけやるってことは、シンドウさんって本当はできる人なんじゃないですか?」 「いやいや、そんな風に見られるのが一番困るんだよ。やれやれ、、、」
やれやれ、、、また僕の出番か
帰りの雨が止み、道には夕陽が差し込んでいた。 僕は肩をすくめ、湿ったコートの裾を握りしめながら歩く。 次の依頼も、また普通じゃなさそうだ――
第九章 真実を語る登記簿
書き換えられたのは記録ではなく記憶
登記簿に書かれた偽りの情報に、人々は長年騙されてきた。 しかし、その裏には一人の青年の悲しい決断があった。 愛と土地と血縁のもつれが、彼をそこまで追い詰めたのだ。
被害者は誰で加害者は誰か
善悪の境界はあいまいで、真実は一つではなかった。 失われた人生、踏みにじられた意志、そして隠された執念。 登記簿はすべてを知っていた。ただ、誰にも語らなかっただけだ。
第十章 登記簿は死を記録する
司法書士が突きつけた最後の証拠
最後に残された証拠は、昭和の匂いがするインクで記された補正申出書だった。 そこには、犯人が知らずに署名した決定的な筆跡が残っていた。 僕はそれを、静かに裁判所へ提出した。
僕たちは登記で人を救うこともできる
登記はただの制度ではない。 人の暮らしを守り、時には真実を証明する手段にもなる。 僕が司法書士としてできること――それは、記録の奥にある真実を、見逃さないことだ。