地目に記された殺意

地目に記された殺意

地目に記された殺意

畑だったはずの土地に違和感

目の前に広がるのは、整地されたばかりの更地だった。依頼人が「祖父の代から畑として使っていた」と語ったその土地には、雑草一本生えていない。あまりに綺麗すぎる。 「これが畑?」と、つい口に出してしまった僕の隣で、サトウさんはスマホをいじっている。まるで興味がない風を装っているが、あれはたぶん、情報を検索している顔だ。 嫌な予感が背中を這い上がる。この違和感は、仕事の疲れではない。

依頼人が残した登記事項証明書

依頼人は登記事項証明書をきっちり揃えてきた。だが、その中身が妙だった。地目欄には「宅地」とある。だが、彼の言う「畑だった」という説明と矛盾する。 しかも、地目変更の登記がされたのは最近。本人の名義ではなく、名義変更の記録もない。おかしい。普通、そんな変更は所有者の申請なしでは行われないはずだ。 「地目だけが先に変わってるってことですか?」サトウさんがボソッと漏らした。嫌な感じだ。

サトウさんの冷たい一言

「典型的な地面師案件ですね」 その一言に僕は息を呑んだ。地面師、つまり土地の登記を悪用して他人の土地を売却する詐欺師の手口だ。 「やれやれ、、、朝から胃が痛い」 僕は額をこすりながらぼやいた。だけどサトウさんは僕のぼやきなどスルーして、手元のスマホに夢中だった。あの無表情は逆に怖い。

土地に埋もれた過去

消えた売主と破られた契約

登記簿を追っていくと、二年前に突如現れた謎の売主がいた。実在する人物の名義だが、既に死亡していた。死亡後、何者かがその名義で地目変更申請をしていた。 これは完全にアウトだ。しかも売却先の会社もすでに解散済み。宛先不明の契約書が一枚だけファイルに残っていた。 不動産業界でよく言う「幽霊契約」の可能性が高い。しかも、この幽霊はなかなか手ごわそうだ。

筆界未定の罠に気づくまで

現地に戻ると、隣地との境界線が曖昧だった。筆界未定の表示がある杭が斜めに倒れていた。まるで誰かが意図的に蹴飛ばしたかのように。 筆界がはっきりしていなければ、土地の範囲は曖昧になり、登記の混乱が起こる。それを利用したのだろう。 「これは筆界を曖昧にして地目を操作してる。子供の頃、バイキンマンがアンパンマンの顔をすり替える回を見て笑ってたけど、あれと同じようなもんですよ」 サトウさんの例えはえげつないが、的を射ていた。

地番に紐づく不自然な履歴

地番の変遷を辿ると、ある年を境に急に履歴が飛んでいる部分があった。通常、地番の移動には理由があるが、それに関する説明がどこにも記録されていない。 しかも、法務局の職員も「その時期のデータは一部消失してまして…」と、口を濁した。 サザエさんで言えば、波平が「ふむ、これは怪しいのう」と言って書斎にこもるレベルの違和感だ。

真相は境界線の向こうに

現地調査で見つけた手がかり

再度訪れた現地で、古びた測量図の写しを持った近隣住民に出会った。彼は「昔はあそこ、確かに畑だったよ」と言い、測量図を差し出してくれた。 そこには、現在よりも明らかに広い範囲が「田」として記載されていた。筆界のズレを利用し、地目を偽って拡張した可能性が高い。 その線の先にあるのは、闇ではなく殺意だった。

昔の地図が照らす嘘の地目

役場の資料室で昭和時代の地図を引っ張り出すと、現在の地番との齟齬が明らかになった。古地図には、今問題になっている土地が別人名義で記載されていた。 この不一致が「偶然」ではないことは明らかだった。誰かが、意図的に所有者情報と地目を操作し、その土地に別の価値を持たせようとしていた。 まるで探偵漫画に出てくる、トリックの一手を見抜いた気分だった。

公図に残された意図的な痕跡

法務局の公図を拡大コピーして眺めていると、一ヶ所だけ線が微妙に歪んでいた。定規で引いたような直線の中に、わずかな凹み。 「これ、間違って修正液で消した跡ですね」 サトウさんが、ボールペンの先で指し示した部分を見てゾッとした。わざと凹ませていたとしか思えない。

書類に宿る殺意

サイン一つの重み

偽造された委任状のサインは、微妙に筆跡が違っていた。依頼人の祖父のものとされるが、実際には縦棒が多く、曲線が少ない。 調査の結果、そのサインは以前不動産詐欺で捕まった人物と酷似していることがわかった。 つまり、今回の登記変更も、その流れを汲むものだったのだ。

地目の変更が意味するもの

地目を畑から宅地に変えると、土地の評価が跳ね上がる。その結果、価値は何倍にもなる。そして「宅地」として登記されていれば、購入者は疑わない。 「これは、買主が騙されただけでなく、祖父をも踏み台にした二重の犯罪ですね」 冷静に淡々と語るサトウさんの声に、背筋が凍った。

登記の裏で動くもう一つの思惑

調査を進めるうちに、背後にいた不動産業者の名前が浮かび上がった。かつて、名義貸しの問題で行政指導を受けていた男の名前。 彼が、死んだ人間の名義を使い、土地を「作り上げ」、買い手を騙すスキームの中心にいた。 「登記って、便利だけど、使いようによっては人も殺せるんですね」 サトウさんの声が重かった。

全ての線が一点に結ばれるとき

サトウさんの推理と僕の役割

サトウさんは、最後に一枚のFAXを差し出した。それは今回の売買契約に関する内部告発文書だった。 そこには、例の男のサインが添えられており、「地目変更は本人の同意のもと」という嘘が暴かれていた。 僕の役割は、それを証拠として法務局と警察に繋げることだった。久々に司法書士らしい仕事をした気がした。

やれやれここからが本番か

事件の報告書を提出し終えた帰り道。僕はぐったりと椅子にもたれかかり、空を見上げた。 「やれやれ、、、登記だけじゃ飯は食えないな」 独り言にサトウさんがピシャリと返す。「いや、それで飯食ってるんですけど?」

殺意を記したのは誰か

事件の核心は「登記に記された虚偽」だった。しかし本当の殺意は、祖父の死後にその土地を利用しようとした人間の中にあった。 地目を変え、境界を歪め、他人の人生を利用して利益を得る。そこに「殺す気」がなければ、何なのか。 僕は改めて、書類の重みと、それに関わる責任の重さを痛感した。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓