静かな町に届いた一通の通知
それは、事務所のポストに紛れていた。薄く黄ばんだ封筒には、達筆すぎて読みづらい筆文字の宛名。差出人不明、消印は隣町の小さな郵便局。中には一枚の登記事項証明書と、乱雑な文字で書かれたメモが入っていた。「この土地は、誰のものなのか——」。
正直、朝からテンションが低かったのに、さらに低くなる通知だった。
封筒に刻まれた見覚えのある名前
登記事項証明書の「権利者その他の事項」の欄に書かれた名義人の名前。それは、十年前に失踪したと噂される人物だった。だがその人の名は、既に「死亡」として戸籍からも除籍されていたはずだった。
この名前が登記に残っているということは……何かが、おかしい。
不審な依頼人と仮登記の相談
午後、事務所に中年男性が現れた。無精ひげによれたスーツ、明らかに場違いな緊張感をまとっていた。「亡くなった叔父の土地を相続したいんですが……」と、ぼそりと口にした。
出された書類には、件の土地と同じ地番が記されていた。やはり、この土地を巡って何かが動いている。
サトウさんの冷静な観察眼
「この人、話を盛ってますね」依頼人が帰った直後、サトウさんが静かに言った。「叔父さんのこと、本当はそんなに知らないって顔でした。あと、仮登記の意味も全然わかってない」。
まるで名探偵コナンの阿笠博士が、実は黒の組織のボスだったくらいの違和感。……いや、違うか。
仮登記簿の中に残された異変
仮登記簿を確認する。そこには、仮の所有権移転登記が残されたままだった。本登記への移行はされていない。それだけであれば珍しくはないが——問題は、その仮登記の「原因日付」が、本人の死亡日よりも後になっていることだった。
登記としてはありえない、いや、ありえてはならないことだった。
過去の登記履歴に隠された意図
登記履歴の変遷を調べていくと、仮登記は死亡の約一週間後に行われていた。しかも、登記原因証書に添付された委任状は本人の署名入り。死亡後に書ける人間は、この世にはいない……はずだった。
「ゾンビ登記」って、ほんとにあるのかよ……と、つぶやきたくなった。
消された所有者と幽霊のような存在
市役所の戸籍係は苦い顔をして言った。「この人、死亡届が出てますけど、火葬許可も死亡診断書もないんですよ」。おいおい、サザエさんの波平ですらちゃんと死ねるぞ。
つまり、この「死んだはずの男」は、記録上は死んでいるが、実際には……?
役所も知らない土地の真実
隣接地の固定資産税台帳、古い地図、住宅地図、すべてを掘り返していくと、奇妙なことが判明した。数年前までそこに住んでいた人物は、まったく別の名前だった。しかも、その人物もまた数年前に行方不明になっていた。
まるで入れ替わり立ち替わり、土地を巡って幽霊たちが踊っているようだった。
サトウさんの皮肉と推理の糸口
「仮登記って、幽霊が持ってても問題ないんですね」とサトウさん。「ちゃんと本登記にしないと、土地の亡霊がいつまでも成仏しないってことですか」。
その言い方が妙に気にかかった。仮登記で止める理由——それは、ある「意図的な目的」がある場合が多い。
シンドウが気づかない小さな違和感
依頼人が持ってきた戸籍謄本、なぜか死亡の事実が抜けていた。つい見過ごしていたが、記載日付に注目すると——あれは、数ヶ月前の取得だった。
最新の情報ではない……つまり、依頼人は最初から「死んでいないことを前提」に話を進めていた。
調査の果てに見えた裏取引
登記原因証書を作成した司法書士の名前を調べると、既に廃業していた。さらに調査を進めると、その司法書士は、依頼人と同じ町内会の名簿に名前があった。裏で書類を捏造した可能性が高い。
仮登記を利用して、表沙汰にできない取引を成立させようとしていたのだろう。
登記情報と戸籍の矛盾
最終的に、戸籍上の整合性と、登記情報の不一致を理由に、法務局は登記の抹消手続を受け付けた。件の依頼人は、それを知った後、姿を消した。サザエさんのように明るいオチは、ここにはなかった。
「やれやれ、、、また厄介なヤツに関わっちまった」と、俺は頭を掻いた。
かつての名義人は誰だったのか
最終的な調査で、かつての名義人は「死亡した」とされた人物ではなく、まったく無関係の第三者だった。仮登記の申請書は偽造され、印鑑証明も盗まれていたことがわかった。
つまりこれは、完全に計画された登記詐欺だったのだ。
土地をめぐる遺言の行方
騒動のきっかけとなった土地には、結局正当な相続人がいなかった。特別縁故者の申し立てがされ、町に寄付される形で決着した。だが、それもまた不自然なほどスムーズだった。
もしかすると、まだ誰かが裏で操っていたのかもしれない。
ひとつの契約書が語る真相
後日、古い契約書がサトウさんの調査で見つかった。「土地売買予約契約」とだけ書かれた、簡素な用紙。日付は十年前、署名は……問題の依頼人のものだった。
やはり全ては計画的だった。計画の発端は、十年前にあった。
日付のズレが導いた決定的な証拠
契約書の日付と仮登記の日付に矛盾があった。契約よりも後に行われた登記が、まるで契約を補完するかのように並んでいた。だが、それが逆に「やらせ」であることを証明していた。
証拠は、すべて揃った。
シンドウのひらめきと最後の一手
「この仮登記は、抹消できる。いや、すべきだ」。俺の声は珍しく力が入っていた。サトウさんが珍しく、ほほ笑んだ……ように見えた。見間違いかもしれないが。
そして俺たちは、登記抹消申請を無事に提出した。依頼人の狙いは潰えた。
「やれやれ、、、こういう展開か」
何事もなかったように戻った事務所で、コーヒーを淹れながらつぶやく。「やれやれ、、、こういう展開か」。だが、心の奥では少しだけ、誇らしい気持ちがあったのも事実だった。
サトウさんは何も言わず、書類整理を続けていた。まるで、全部お見通しだったように。
事件の終わりと静かな日常への帰還
事件は片付き、静かな日常が戻った。だが、ポストに新たな封筒が投函されていた。「登記申請に関するご相談」とだけ書かれた手紙。
また、何かが始まるのかもしれない。今日も、俺は少しだけブルーだ。
サトウさんの無言のねぎらい
「次はちゃんと最初から気づいてくださいね」——無表情でそう言いながら、サトウさんがコーヒーを差し出した。俺は無言で受け取り、目を閉じる。
やれやれ、、、次は穏やかな登記相談であってくれ。