偽りのカタカナ番地

偽りのカタカナ番地

朝の登記申請ミス

午前九時、事務所のプリンターが軽快な音を立てながら登記申請書を吐き出していた。 カタカナで記された「サクラシンマチロクチョウメ」の文字が、なぜか妙に目に留まる。 地元では「桜新町六丁目」と漢字で書くのが通例だ。どこかひっかかるような、そんな違和感が胸に残った。

書類の山に埋もれた違和感

それでも、いつものように机の端へ積み重ねられていく申請書類の山に埋もれていく。 だが、ふとした拍子に目に入った申請人の印鑑が、わずかに滲んでいることに気づく。 この小さな違和感が、後に大きな騒動の火種になるとは、このとき夢にも思わなかった。

カタカナ表記の一軒家

翌日、法務局に出向いて申請を終えた帰り、例のカタカナ表記の物件を通りかかる。 普通の住宅街にある、ごくありふれた一軒家だ。しかし表札には「鈴木」と漢字で書かれていた。 登記簿には「スズキ」と記載されていた。これは……ただの好みでは済まされないかもしれない。

サトウさんの冷たい指摘

事務所に戻ると、すでにサトウさんがパソコンの前で腕を組んでいた。 「シンドウさん、これ、住居表示と地番が一致してません」 冷たい声に、背筋が凍る思いがした。やれやれ、、、またか。

同一住所に潜む矛盾

住居表示と登記の地番は異なることがあるが、それにしても奇妙だ。 実地調査をしていない限り、ここまでの食い違いにはならない。 何かが意図的に操作されたような、そんな雰囲気が漂っていた。

登記簿と現地の食い違い

法務局のオンライン閲覧で、該当の登記簿を再確認する。 確かに「スズキ タロウ」の名義で登録されているが、現地の表札には「ササキ ケンジ」とあった。 しかも、登記の日付はごく最近だ。何かが起きている。

相談者の消えた足取り

その矢先、依頼人であるスズキタロウ氏の携帯が「現在使われておりません」となっていた。 連絡もつかず、メールも返信がない。提出された本人確認資料は、コピーだった。 つまり——本人確認が甘かった。うっかりしていた。

送付された通知の戻り印

追い打ちをかけるように、登記完了通知が「宛先不明」で返送されてきた。 封筒には「該当住所にその氏名の居住者なし」と朱字のスタンプ。 これはただの間違いではない、確信犯の可能性が高い。

現地調査に向かう決意

登記制度の信頼に関わる問題だ。私は重い腰を上げ、サトウさんに頭を下げた。 「ちょっと現地に行ってくる。留守番、頼む」 彼女はため息をつきながら「最初からそうしてれば」とだけ言った。

現地の謎の住人

インターホンを鳴らすと、出てきたのは70代の女性。 「スズキさん? いませんよ、ここに越してきたのはもう20年も前」 記録と現実が、まるで別の物語を語っている。

表札も郵便もない家

その隣の家は、なぜか表札が外されていた。 郵便受けには何も入っておらず、雨ざらしの新聞だけが積もっていた。 不自然な静けさが、その家を包み込んでいた。

向かいの住民の証言

「あの家? 最近夜にスーツ姿の男が出入りしてたよ」 向かいの住人が不審そうに言った。 鍵を閉めずに出入りする様子もあったという。これは明らかに怪しい。

法務局の記録照合

事務所に戻り、法務局に再確認を取る。 過去の登記記録を追っていくと、どうやら同じ住所に二重の表記が存在していた。 「桜新町六丁目」と「サクラシンマチロクチョウメ」——まるで影武者のような住所。

カタカナ住所の二重記録

ごく稀に、カタカナでの申請が認められることがある。 だが、これはその隙を突いた登記だった。 異なる名義で同じ場所に別の所有者がいるように見せかけていたのだ。

古い申請書の筆跡鑑定

旧所有者の筆跡と、新申請書の筆跡を比較する。 完全に別人。それも、かなり拙い偽造だった。 誰かが、意図的にこの場所を利用しようとしている。

サトウさんの裏取り調査

そんな中、サトウさんが何やら得意げにプリントを掲げた。 「これ、住居表示変更の履歴です。番地、二回変わってます」 表と裏が逆転するような、驚きの事実だった。

地番と住居表示の混乱

過去の整理が中途半端だったのか、同一場所に三つの番地表記が存在していた。 それが不正利用されたのだ。まるで推理漫画のトリックのようだ。 ドラえもんの「スモールライト」を使えばすんなり見つけられたのに……と空想にふける。

郵便番号から追う人物像

登記申請に使われた郵便番号は、実在しないものだった。 国土交通省のデータベースに照合すると、存在しない番号だったのだ。 つまり、住所も、氏名も、全てが虚構で構成されていた。

不動産業者の沈黙

仲介業者に問い合わせるも「記録が残っていない」と繰り返すだけ。 だが、契約書の控えを確認すると、不自然な修正跡が見つかった。 これは、明らかに内部で処理された偽装登記だ。

売買契約書に残る不審な訂正

訂正箇所は、まさに番地部分。 二重線で消され、別の住所が書き直されていた。 しかも、訂正印が押されていない。完全にアウトだ。

登記原因証明情報の不備

さらに調査を進めると、登記原因証明情報が曖昧だった。 売買契約の日付と登記日が一致しない。 こうしたズレが、犯罪の証明になる。

過去の登記とのつながり

15年前の名義人が、現在の申請者と同一人物である可能性が浮上した。 偽名を使い分けて複数回に渡り登記を繰り返していたのだ。 その名義人はすでに死亡していたことも判明した。

15年前の名義人の失踪

当時の司法書士もすでに引退しており、証明手段は限られていた。 だが、彼の最後の登記記録が県外の山中にある別荘だった。 そこには、一通の遺書が残されていたという。

「仮住まい」とされた家の真実

その家こそ、今問題となっている「カタカナ住所」の起点だった。 住所を仮住まいとして申請し、登記を繰り返すという手口。 まるで幽霊が家を転々としているような、不気味さだった。

真犯人の狙い

すべては、不正な資金調達のためだった。 架空の不動産を担保にし、融資を受けるスキーム。 不動産を「存在するように見せかける」巧妙な手口だった。

カタカナを利用したなりすまし

戸籍や印鑑証明ではなく、表記の揺れを利用したなりすまし。 まさに、制度の隙を突いた犯罪。 いやはや、怪盗キッドも真っ青のトリックである。

通知が届かない仕組まれた罠

通知が届かないよう住所をずらし、真の所有者に気づかせない。 その間に金を引き出し、姿をくらます。 誰も損害に気づかないうちに、事件は完了するはずだった。

やれやれの結末

警察との連携で犯人は逮捕され、登記は訂正申請によって無効となった。 私たちは登記の公信力というものの重みを再確認した。 やれやれ、、、本当に疲れる仕事である。

訂正申請と刑事告発

訂正登記には多くの手間がかかったが、被害者の救済には成功した。 司法書士としての責任を果たせたことに、わずかな誇りを感じる。 そして、こういうときに限って報酬は少ないのである。

登記の正しさを支える責任

制度を悪用する者がいる限り、私たちの仕事は終わらない。 地味だが、登記の一字一句が人の人生を左右する。 今日もまた、事務所のプリンターが音を立て始めた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓